(紅炎と幼女)

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目の前に座り込んでいる小さなかたまりは、俺の顔を見上げた瞬間に涙を拭った。幼いその子供はふっくらとした頬を赤らめながらゆっくりと立ち上がり、そうかと思えば一直線に俺の足へと絡みついてきた。


「パパぁ!」

「は?」

どうやらその子供は人違いをしているのだと気がつくのに、頭を少しだけ使わねばならなかったのは、意表を疲れたからだ。

綻びの見える衣服は子供の育ちを無言で語っており、ほんの少しだけめばえた興味によって俺はその子供を抱きかかえた。


***


それから時は少しだけ流れた。
子供はナマエと名乗り、相変わらず俺のことを"パパ"と呼び続けた。あの後子供のことを調べたのだが、ナマエの生みの親に関する情報は見つかるどころか、ナマエは戸籍登録すらされていなかった。
俗に闇っ子とよばれるそれは、戸籍登録をしても重税を課されるだけのデメリットしか生じない下層の人間にとっては当たり前のことだった。


「パパ、だいしゅきだよ」

ぎゅうっと小さな手で足元にまとわりついてその漆黒の瞳で見上げられるように瞳を合わせれば、心の内側が何もかも見透かされてしまうような感覚に陥った。
実際、自分ですらわからないのだ。ナマエを禁城に招き入れたあの日以来、偽物の家族ゴッコを続ける俺。この小さな女子に一体何をみたのだろうかといく度と無く自身に問いかけてもその答えなど見つかることはなかった。


「ねえパパ、むつかしいおかお、しないで?」

にこおっと天真爛漫に笑うナマエに促され、無理やりに笑顔を貼り付けた。汚く引き攣ったようにあがった口角が嫌に滑稽。しかしそれでもナマエは喜んでくれるのだ。

「ナマエ、そろそろ寝る時間だ」

「やぁ!まだおきてる!」

「…仕方ない奴だな、」


あの頃は、思いもしなかっただろう。ナマエの笑顔をみるだけで疲れが飛ぶ、なんて感覚。
腰掛けた膝の上にちょこんと座るナマエの頭を撫でながら小さく幸せを吐き出した。