「この下賤な農民娘っ…!」




最近、宮中で私がそのように呼ばれている事に気がついたとき、とてもショックを受けた。


私には由緒正しい王族の血がながれているし、礼儀作法に学問だって精通しているつもりだ。



なのに、向けられる目は蔑みの、汚物を見るそれ。



そして何より私を苦しめたのは、紅覇様が許可した者以外と口を聞いてはいけないということだった。


どんなに悔しくても、いい返せない。
それが歯がゆく、胸の奥にずっしりと沈んでいるのだった。




【第七夜 目を瞑ったって見えやしない】






朝日が登る前、わたしは寝台から抜け出して紅覇様からいただいた真っ赤な衣に袖を通す。


身支度を整えるとボロボロの自室から1番とおく離れたそこへと足を向ける。

広間の振り子時計がごぉうんごぉうんと七時を告げるかねを鳴らすのに合わせて紅覇様のお部屋のドアをノックする。



「おはようコーデリア」



「あら…紅覇様起きていらしてたのですか」


「まあね。言ってなかったけど今日から僕、北の方に遠征しなきゃいけないんだ。砦を超えてきた民族がいてね」




がるると野蛮そうな顔でそうおっしゃり、紅覇様は続けざまにわたしに釘を刺す。



「僕がいない間、お前は部屋から出てはいけないから。食事と入浴だけゆるしてあげるよ」


「食事と入浴だけ、ですか…」


「もちろん!破ったらどうなるかわかってるよね?僕はめんどくさい仕事で忙しいんだからそりゃあもう、たっぷりお仕置きしてあげるんだから」



「…わかりました」



颯爽とわたしの横を通り抜けていく紅覇様に深くお辞儀をする。

いつ帰ってくるのだろうかと思いながらも、紅覇様が帰ってくるまで味わえるつかの間の自由に少しだけ胸を躍らせるのだった。



***


紅覇様が遠征に出かけて一週間が過ぎた。

わたしは律儀に紅覇様の命令に従い、紅覇様のおもちゃとよばれる女たちの嫌がらせや、下女たちからの蔑みの目を奥歯をかみしめて耐えていた。




そんなある日のこと。

わたしがお昼ご飯を食べようと部屋を出て廊下を歩いているとか細い悲鳴が聞こえてきた。



「きゃぁっ…」

ひらひらの豪奢な服をまとった娘。
とてもそこらの使用人身分とは思えずにわたしは思わず彼女に駆け寄った。



「大丈夫ですか!?」



「いたぁい…あら、あなた…」




深い赤に艶めく長髪を揺らし、草むらから立ち上がった。

髪飾りがとても美しく、細い両手にはシロツメクサ出てきた花の冠を優しく持ち上げていた。




「紅覇お兄さまの…新しい付き人って人ねぇ!」


「いえ、付き人、では…」


「ああ、そう。…ちょうどいいわ、これあげる」



そっと頭に載せられた冠。

ここにきて、始めて紅覇様以外からかけられた優しさに胸がじいんと熱くなる。


一方で赤い彼女の方は特に何も思っていないようでひとつの日をする。


「姫君!またこんなところにおられたのですか!」


「あらぁ。夏黄文じゃない、お勉強は終わったわよ?」


「違いますよ姫君。こんな農民娘と話すなんて…!あっちに行ってなさい、娘」


「そんな言い方しなくてもいいじゃないのぉ。お兄さまの付き人なんだから」


「付き人?まさか!紅覇様の近くにおられる女性たちは紅玉様のような穢れない高貴なものばかりではないのですと何度も言ってるではないですか」


「穢れないなんて、戯言よ。ね?付き人さん」


「あ、いえ…、わたしは…」



突然のことに言葉を濁すと夏黄文と呼ばれた男は姫君の手をとってほらやっぱり、穢れてるのですと言わんばかりに私を睨んだ。



「……あんまりうるさいから遊ぶ気も失せたわぁ。またね、付き人さん」


「はい」



またね、と一言。たったそれだけの言葉が今は暖かい。

男はすれ違いざまに私に向けてバイタとだけ吐き捨てて宮中へと引き返した。



そして私は、またいつも通りの、誰とも話さない静かな。しかし屈辱にまみれた生活に身を沈めるのだった。