なんでもない、ただの言乃葉遊ビ。
だけど君は言葉の裏に隠された真実の意味に気付くことはないのだろうね。





「愛しているわ、風丸くん」

ロビーへと続く扉を空けた途端、恋しい人の聞いたこともないような甘いささやきが聞えて彼、鬼道有人の時間はたっぷり一分ほど停止した。

「・・・道、鬼道っ!」

己の名を呼ばれて鬼道はハッと我にかえる。自身の顔をのぞきこむようにしながら、心配そうな様子でこちらを見ている我等がエースストライカーの顔を見て、内心しまったと思いながら舌打ちをした。

「大丈夫か・・・?」
「あ、嗚呼。心配かけてすまない」

ほっとしたように息をつく豪炎寺の姿を横目に入れつつ、先程、愛のささやきが聞えてきた方向に顔を向ける。其処には真っ赤な顔でうろたえる風丸の姿とクスクスと小さく笑う彼女、・・・木野の姿があった。

「あ〜あ。また、木野さんの勝ちかぁ」
「風丸ならいけると思ったんだけどなぁ・・・」
「・・・無茶言うなよ。・・・俺がこういうの苦手だって知ってるだろ」
「いやいや、漢前の風丸なら女子の一人や二人おとすことぐらい、わけないんじゃねぇかなあってさ」
「お前ら俺をなんだと思ってるんだよ。てかそれなら天然最強色男の円堂のほうが向いてるだろ」
「キャプテンは一番初めにやってみたけど無理だったからねぇ」
「ん〜、呼んだかぁ?吹雪ぃ〜」
「ううん、なんでもないよ。気にしないで、キャプテン」
「そうか?」

首を捻りつつ会話の中に参加していく円堂。其れを見て苦笑を受かべる豪炎寺や吹雪、染岡たち。周囲を見渡せば不動や基山までもがどこか疲れた顔で騒ぐ彼らの様子を見守っている。普段なら度が過ぎないよう、ある程度のところで皆をたしなめる木野までもが、困ったような微笑みを浮かべている。全く持って状況がわからず説明を要求するように豪炎寺を振り返れば、俺の意図を的確に読み取った彼が苦笑を浮かべながら口を開いた。

「鬼道、『愛してるゲーム』って知っているか?」
「は?」

あまりといえばあまりの脈絡のない会話に鬼道はらしくないほど間抜けな反応を返す。そんな鬼道の反応に豪炎寺は困った様子でそれでも先程の言葉を撤回しないのだから、きっと先の問がこの状況を説明するのに必要なことだったのだろうと割り切って、彼の言いたいことが見えないままに兎に角、『愛してるゲーム』についての記憶を掘り起こした。

「確か、男女交互に円形に座って右隣の人に愛を囁くゲーム・・・、だったか」
「知っているのか」

意外そうに尋ねる豪炎寺に鬼道は自ずと苦笑を浮かべながら頷いた。確かにこの手の話題に一切興味のない自分が其れを知っていることは、鬼道自身おかしなことのように思えてならなかった。

「嗚呼。とは言っても、随分昔に春奈から聞いたぐらいだからな、詳しくは知らん」
「それだけ知っていれば十分さ」
「それで。其れがこの状況と何の関係があるというんだ」

聞くところによれば、春奈の話に興味を持った円堂の発案で実際に“愛してるゲーム”をやってみようということになったらしい。馬鹿らしいと心のどこかで思いながら、豪炎寺の言葉の続きを待つ。

「だが、普通にやると女子の人数が圧倒的に足りないだろう?」
「嗚呼、うちにはマネージャーが四人しかいないからな」

もっとも、他のチームに比べればマネージャー四人というのは多いほうなのであろうが。

「それで、最初は男女交互じゃなく男が固まって並んでいる箇所もあったんだ」
「まぁ、そうなるだろうな。このメンバーでやろうと思えば」
「そしたら、いつからか花がなくて虚しいって意見が出てきてな」
「嗚呼」
「其れを聞いた音無が一つ提案を出したんだ」
「提案?」
「嗚呼」

鸚鵡返しに聞き返せば、豪炎寺は鬼道に視線を合わせて頷き返した。多少言いにくそうにしているのは話題の中心に鬼道の妹である春奈の名前が上がっているからか。

「“選手の皆さん対マネージャーで『愛してるゲーム』をやりましょう”とな」
「・・・春奈」
「勝った方が負け側の言うことを聞くっていう特別ルールもついて皆、無駄にやる気になってしまってな」
「だが、それだとマネージャー達に不利ではないか?四人vsイナズマジャパン全員というのは」
「嗚呼。だから、そこにさらに音無によって特別ルールが追加されたんだよ」

なんでも、男が口にしていいのは本家のルール通り、相手の“名前”と『愛してる』という言葉だけなのに対して、マネージャーはそれ以外の言葉を口にしてもよいのだとか。更に女子の勝利条件は照れ顔だけに限定されてはいないらしい。悔しそうな顔でも泣き顔でも兎に角、別の表情に変えさせればいいのだとか。
何だ其のルールはと思いがけず頭痛のしてきた頭を抱えながら、其の先を促すように豪炎寺に視線を送った。

「それで、お前は参加したのか」
「嗚呼。・・・円堂に引きずられてな」

知らず遠い目になっている豪炎寺に同情しつつ、視線を輪の中心にいる彼女に合わせた。俺の視線の先にいる其の存在に気付いた彼がさらに言葉を続ける。

「音無と久遠、それに雷門は何とか落とせたんだが、木野だけ全員、落とせなくてな。皆木野の愛の言葉に軍配を期しているんだ。で、誰が落とせるかっていう話題で今、持ちきりになっているわけさ。勿論木野は生来のルールに則って愛の言葉しか囁いていない」
「木野に嘘でも“愛してる”なんていわれれば、落ちない人間はこのチームにはいないからな」
「嗚呼。皆、木野のことが好きだからな」
「鈍感姫は気付いていないのだろうが、全員割と本気で愛の言葉を囁いているんじゃないのか」
「そうだな・・・。大多数の人間がそうだろう」

大きく溜息をつき、改めて周囲を見渡してみる。よく見れば大多数の人間が疲れた顔をしながらも、まるで少女のように頬を染めていたり、幸せそうにニヤついていたり、妄想の中にトリップしたりしている人間ばかりであった。正直言って気持ち悪いことこの上なく、自分がこのチームの一員だなんて考えたくもないと思ってしまっていた。

この騒ぎの原因がわかり、其のあまりの馬鹿らしさに再び零れ落ちそうになる溜息をなんとか押し殺す。この場にいても、なんだか面倒なことになるだけな気がして逃げ出そうとすれば、目ざとく俺の姿を認めた円堂が声をかけてきた。
なんだってこういったときだけ目ざといんだ円堂。其のスキルはもうちょっと別の場所で発揮されるべきだと心底思うのだが。
先程何とかかみ殺した溜息を結局零してしまいつつ、覚悟を決めて振り返る。と、其処にはやはり、酷く満面の笑みを浮かべた円堂の姿があった。

「鬼道〜」

ブンブンと大きく手を振りながら、己を呼ぶ円堂。それにあわせて俺の姿に気付いた吹雪や小暮、綱海に佐久間たちが“そうか、鬼道なら”と喚いているのがわかる。
嗚呼、やはり面倒なことになったと心底溜息をつきつつ、重い足取りで彼らのいる部屋の奥へと向かう。歩きざまに、まるで頑張れよとでもいうかのようにぽんぽんと背中を叩いた豪炎寺を思いっきり蹴り飛ばしたくなったのは秘密だ。

「何だ、円堂」

返答などわかりきっていたが、あえて聞いてみることにした。勿論、自分の予想が外れていることを全力で祈りつつ。

「鬼道〜!俺たちの敵を取ってくれっ!」
「頼むよ、鬼道」
「お願いします鬼道さん!!」

口々にそう喚く彼らに思わず眉間を押さえて本日何度目かわからない溜息をこぼす。先程から黙ったままの木野に視線を向ければ、困ったように笑い続けていた。
木野の疲れたような其の笑みに鬼道の頭は早急に冷えていく。気がつけば、いつの間にか彼女の手を取り立たせている自分がいた。

「どうしたんだよ、鬼道」
「何かあったんですか?」
「何で鬼道君が木野さんの手を取ってるの」

ピーチクパーチクよく鳴く小鳥のように喋り続ける彼らに、再び小さく息をつく。こんなところにいては彼らの思う壷で、其れはなんとなく気に食わなくて、何よりこれ以上彼女に疲れた顔をさせたくなくて。とりあえず、まずは喚く彼らを黙らせることにした。

「久遠監督に呼ばれていてな」
「なら、鬼道一人で行けばいいんじゃないか?秋まで連れて行く必要ないじゃん」
「生憎だが円堂。呼ばれているのは俺だけでなく彼女もなんだ」

俺の言葉がうそだとわかっている豪炎寺が後方で小さく噴出したのがわかった。横目で彼のことをにらみつつ、そのまま彼女の手をとりこの部屋唯一の出口に向かって歩いていく。

「あ、おい鬼道!秋!!」
「木野さんっ!!」

彼女を引き止める彼らの声をこれ以上聞きたくなくて、若干いつもより歩調が速くなってしまったのはきっと気のせいではなかった。







彼女の手を引いたまま宿舎を出、暗い夜道を二人並んで歩く。道すがら久遠監督に呼ばれたのではなかったのかと聞かれたが、嘘だと答えた。その時、彼女は怒っていたのだけれど、怒り顔の中にもどこかほっとした様子がにじみ出ており、俺は自分のしたことが間違ってはいなかったのだと感じ、安堵していた。

「鬼道君」

木野に名を呼ばれ、鬼道は彼女に視線を向ける。すると其処には緩やかな笑みをたたえた木野がいた。

「さっきはありがとう、助けてくれて」
「いや・・・。俺は何もしていないさ」
「ううん、そんなことない。本当はすっごく助かったから・・・」

心底ほっとしたように呟く彼女にやはり自分の判断は間違っていなかったのだと確信した。ほんの少しだけあった彼女を無理やり連れ出したことに対する罪悪感が薄れた気がした。小さく息をつき、動かしていた足を止める。彼女もまた俺に習うように足を止めた。

「すごい、綺麗・・・」

目の前に広がる都会では考えられないような星空。いつの間にか足が向いていたこの高台はもともと星がよく見えるこのライオコット島の中でもとくに星が綺麗な場所だった。嬉しそうに満天の空を見上げる木野に鬼道は眼を奪われる。嗚呼、やっぱり彼女は綺麗だとなんともなしにそう思った。

「鬼道君?」
「・・・なぁ、木野」
「あ、うん」
「木野はどうしてあのゲームに参加したんだ」
「え?あ、う〜ん・・・」

木野は俺の言葉に頭を悩ませ首を捻る。あまりにも真剣に悩み始めるものだから、聞かないほうがよかったかと思い、溜息をつく。嗚呼、何だか今日は溜息をついてばかりの気がする。

「そうだなぁ・・・。音無さんに誘われたからって言うのもあるけど・・・」
「けど?」
「一番は音無さんと一緒の理由なのかな」
「春奈と?」

木野の言葉の意味が判らず首を捻る俺に木野はふふふとどこか楽しそうに笑いながら続けた。

「音無さんがね、今日、“愛してるゲーム”を提案したのは好きな人に嘘でもいいから“愛してる”って言ってほしかったからなんだって。“愛してる”って言いたかったからなんだって」
「春奈が!?」
「うん。音無さんだって女の子だもの。好きな人の一人、いるわよ。だから、あんまり音無さんに好きな人が誰なのか問い詰めるようなこと、しちゃ駄目だよ?」

にこにこと笑いながら俺に忠告する木野に俺は言葉を詰まらせる。正直に言ってしまえば、今すぐ宿舎に帰って春奈に好きなヤツとは誰のことなのか問い詰めてしまいたかった。だけどそれ以上に、大切な妹のこと以上に気になったのは。木野が参加していた理由が、春奈と同じ理由だと、いうこと。

「木野も、」
「え?」
「木野も愛を囁いて欲しい相手がいたのか」
「あっ!!」
「春奈と同じ、なんだろう?」

俺の言葉にわたわたと慌て始める木野の様子に俺は心が沈んでいくのを感じた。木野に、想いを寄せている相手に好きなやつがいるなんて知って、落ち込まないはずがなかった。

「・・・聞けたのか?」
「あ、え?」
「愛の言葉は。木野が囁いて欲しいと願っていた相手から聞くことが、できたのか?」
「・・・無理、だった」

淋しそうな声音で、木野は呟いた。驚く俺を尻目に、木野は俺の前に一歩進み出る。そして高台の柵を掴み、雲ひとつない星空を見上げ少しだけ大きな声で続けた。

「本当はね、言えるかな、聞けるかなって思ってたの。気乗りしてないフリをしながら、本当はすごく楽しみだった。春奈ちゃんと一緒で嘘でもいいから“愛してる”って言ってほしかった」
「・・・・そうか」

なんと声をかければいいのか分からず、押し黙る。俺が其の木野の想い人なら、いくらでも愛を囁いてやるのに、と身勝手にも思っていた。

「その人ね、ゲームが始まったときその場にいなかったの。やっと来たと思ったら、もうゲームも終盤で結局、何にも愛の言葉なんて聞けないままになっちゃった。それどころか、他の人に私が愛の言葉を囁いてるとこ見られちゃったし。ホント、失敗しちゃったなぁ」

木野から聞かされた内容に俺はこれ以上ないほどに驚く。なぜならば、木野が話した人物像が自分にもあてはまっていたからだ。期待してはいないと思いながらも、期待せずにはいられない自分に苦笑しながら、木野の隣に並び其の横顔を盗み見る。暗いためによくは分からなかったが、ほんの少しだけ木野の顔が赤くなっている気がした。
これはもしかして、もしかしなくても。

(自惚れても、いいのだろうか)

なんともなしに、そう思う。けれど、臆病な俺はしっかりとした確証が得られていないために、彼女に向かってこの想いを吐露することができなかった。木野が話を続ける。少しだけ淋しそうに、諦めたように笑いながら。彼女の話をどこか話半分に聴きながら、なんとなく、彼女の其の笑みを引き剥がしたいと思った。吐露する勇気はないけれど、それでも彼女の俺に対する気持ちが本物なのかどうか、俺の都合のいい勘違いではないのかどうか、確かめたいと思った。そこでふと、先程の『愛してるゲーム』が浮かび上がる。この方法でなら彼女の其の笑みをかき消すことができるのではないのかと思った。何故だか、妙なまでの自信が浮かび上がってくる。其れは、今から行うことで彼女から其の淋しげな笑みが消えるであろうという自信。可笑しな自信に自分自身笑いがこみ上げてきた。

「鬼道君?どうしたの、いきなり笑い出して」
「いや・・・。木野の其の淋しげな笑みが、一体いつまで保つのか考えたら、其れはそれで見物だと思ってな」
「はい?」
「なぁ、木野」

彼女に声かけながら、瞳を覆い、視野を狭めていたゴーグルを外す。顔をあげ、きょとんとした顔の木野と視線を合わせる。そうして口を開いた。



『愛してる』





いつまで保つか見物だな

(なっ・・・・!!)
(返事は?)
(・・・其れは愛してるゲームの続きなの?それとも、)
(さぁな。木野の思う通りに取ればいい)
(っ!いじわるっ!!)
(其れが返事か?)
(・・・私も、“愛してる”。・・・・ゲームじゃ、ないからね)
(ふっ、奇遇だな。俺もだ)



***

本当は嘘なんかじゃなくて、本当の愛の言葉を聞きたいと願っていたんだよ。
(でも伝える勇気がないから無理だと始めから諦めていたんだ)



▼神夜空兎さん

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