「木野さん明日、吹雪先輩とデートみたいですよ」

サッカー部マネージャー、木野の後輩である音無春奈がそんなことを何故か俺に伝えてきたのはついさっき、お昼休憩の時だ。
今日は土曜日で、一日ずっと練習だ。つまり明日は日曜日なわけで。最近は休日を全然取っていなかったから、ということで休み。
ああ、つまりその滅多にない休日を、木野は吹雪とのデートに費やすのか。
いや、それよりも。俺はなんでこんなことをさっきから考えているんだ。今はプレイ中だぞ。きちんと集中しろ、俺。
…だけど、木野と吹雪はどうして一緒に出かけるなんて事になったんだろうか。まさかあの二人、付き合って…。…いやいや、ないだろう、そんなこと。二人を見ていてもそんな様子じゃないし!!

「風丸くん!!!」

「え?」

木野の声に後ろを振り向くと、俺の顔面にぼんっ、とサッカーボールが激突した。
ふ、と意識を手放した感覚がしたが、それから俺は記憶がない。



***



「…まるくん、風丸くん!!」

「…っ、木野…?」

木野の呼びかけに目を覚ますと、俺は木野の膝に頭を乗せてベンチに横になっていた。
現状に焦って頭を起こそうとするが、木野に制止された。

「無理しちゃダメだよ、多分軽い脳しんとうだから、寝てたら治るし」

「で、でもな…、」

「何?もしかして恥ずかしいの?」

くすくすと木野が笑った。なんだか腹が立って、負けたくなくて、俺は木野の言うとおりにまだしばらく頭を預けることにした。

「めずらしいね、風丸くん。よそ見?」

「…いや、…まあ」

「…考え事だ」

木野は勘がいい。俺も俺で嘘は下手だと思うが、すぐになんでも見破られてしまう。さっきは負けたくないと言ったが、木野に勝つなんて俺には到底無理そうだ。
にっこりと笑われれば俺もそれを否定する事なんてできやしない。

「どんなこと?わたしでよかったら相談にのるよ?」

自然とはあ、とため息が出た。木野に直接聞いてしまおうか。でも、どうして気になるのかと言われても理由はない。
理由もなく聞かれたって答えてはくれないだろうな、なんて俺は自己完結。
無視していた俺に木野は少し落ち込んだような笑みを向けた。

「わたしじゃ力になれないことかな」

「…そういうわけじゃ…」

木野の目力は案外強い。なんだか逆らえない気がする。
どうして俺がこんなこと聞かなきゃいけないんだ。そう思いつつ、俺は木野に聞いた。

「明日、木野、予定は?」

「え?」

「どっか行くのか、久々のオフ」

木野は少し黙り込んだ。やはり音無の言うとおり吹雪とデートか。
俺はだいぶ落ち着いた頭痛を感じながら木野の膝から頭を上げた。

「ありがとう、助かったよ木野」

「…な、悩み事ってそれ?」

「…どうして俺がそんなことで悩むんだよ」

そう冷たく、そう、自分でも思っていた以上に冷たく俺が言い放つと、木野は悲しそうに顔をくしゃりと歪めた。

「そ、そうだよね…、ごめんね」

無理矢理に作った笑顔が痛々しかった。なんで木野は俺の一言でこんな顔をする?
心臓がぎゅっと掴まれたようにきりりと痛んだ。

「、木野…」

ごめん、そうもう一度呟いて彼女はベンチから立ち上がり、部室に戻ろうと足を動かした。
でも、なんだかこのまま木野と別れてしまえばきっとこれから、俺と彼女の間はぎくしゃくしてしまうような、なんだか嫌な予感がして。俺は木野の手を引いた。

「木野…!!」

「ご、ごめん!!」

「違う!」

今度は俺がごめんと呟いた。そして、そっと木野を抱きしめる。
「なんで俺がこんなこと」
これは、俺がすべきことじゃないと知っていたのに。

「ごめん、木野」

「…違うの、風丸くん」

「違う、って、何が」

ぽろぽろと涙を流しながら木野は俺に言った。

「わたし、音無さんに…言われたの」

「何を、」

「もしわたしが、明日デートだって言って、風丸くんが反応してくれたら、って」

意味が分からない。木野の言っている、意味が。
俺は何も分からず、ただ押し黙っていた。

「わたし、風丸くんが好きなの…、ごめん」

「…き、の」

どきりと胸が高なり、木野の言葉が俺の胸にすとんと落ちた。

「ごめんね」

ああ、そういうことか。木野の言葉が素直に嬉しいのも、木野の前でだけ少し短気になってしまうのも、さっきまでの胸のモヤモヤも。
全部全部、そういうことだったのか。

つまり、俺はどうやら木野のことが好きらしい。

なんで俺がこんなこと?
木野が、好きだからに決まっている。どうしてこんなにも簡単なことに気がつかなかったのか。
俺はくすりと笑い、木野を見た。不思議そうに彼女は俺の顔を窺っている。

「ごめん、俺もだ」

「え…?」

「俺、木野が好きだったらしい」



▼nor*さん/sweet sugar

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