風丸は昨日、木野と風丸の後輩である宮坂が街中を歩いているのを見かけていた。あの大人しめの木野が珍しくオシャレな服を着ていたから、デートかと思い目と頭から彼女と相手のことが離れなくなっていた。風丸と木野は、とくに恋人という関係でも、はたまたよく話す友達でもなかった。ただの、選手とマネージャー、そして風丸は木野が好き。そんな関係だった。 翌日、風丸は木野と二人きりになれる時間がつくれた。帰りに、たまたま一緒になっただけなのだ。騒がしくも静かでもなく、ただ木野が一方的に風丸に話題を振り、風丸が適当に相槌を打つだけである。話は、なんとなくしか入っていない。もしかしたらまったく入っていないかもしれない。ちゃんと聞いてるの、と木野の怒る姿を一瞬だけ想像して風丸は苦笑いをした。しかし、風丸の頭の中には昨日の、木野と宮坂の関係が気になって仕方ないのだ。ほんとうは忘れたい。木野には、円堂または一之瀬、という男がいるので、自分の気持ちはなるべく気づかれたくはない風丸は気分を紛らわせるために小石をけった。小学生のころ、円堂と一緒に帰っているときによくやった、小石をけって溝に落とす、という遊びを思い出したとき、カラリ、と小石が溝に落ちた。「すごいすごい」と木野は風丸に拍手をする。木野の笑顔はかわいい、というより、きれいだ、と思った風丸は、やはり、昨日のことをあやふやにもできず、腹をくくってようやく口を開いた。 「昨日のことなんだけど」 「昨日?」 「見かけたんだ、宮坂と歩いてるところを」 「あ、ああ、あれね。たまたま会って、それで、いろいろお話してたの」 それから木野はかけていたストッパーが外れたかのように昨日のことを口にし始めた。それを、上の空で聞く風丸は、失敗だったか、とすこし後悔した。宮坂はいい後輩であることは風丸は知っている。愛嬌もあるし、先輩想いでもあることも風丸はちゃんと知っている。しかし、木野が絡むとそれは別の話である。いい後輩が、すこしだけ、小悪魔に見えてきて、あのやさしさも愛嬌も憎いものになる。そんな自分が醜いなんて風丸は前から知っていたが、どうしても、このゆがんだ思考は変えられなかった。 「木野は、そんなに宮坂のことが好きなのか?」 「え?うん、宮坂くんはいい子よね。風丸くんのこと慕ってるし、なにより、後輩らしくてかわいいよね」 「そう。木野はかわいい男がそんなに好きなんだな」 「…それとこれとは話が違うでしょう。風丸くん何を言ってるの」 「だから、」 それから、ごくり、と言葉と息を呑む。このまま怒鳴ったら、本当にただのみっともない男になってしまう気がしたからだ。なぜ、こんなにも自分に余裕が持てないのか風丸は悩んだ。すこし、深呼吸をする。木野は、「疲れてるんだね、」とやさしく笑ってみせた。「さっきはごめん」と風丸が謝る。 「俺はどうも、木野が好きみたいなんだ」 変な話だろう。風丸はちゃんと、わかっている。木野が円堂のことが好きなのを。それを一番近くで見ていた人物なのだから。それでも、それを知ってもなお木野のことをあきらめきれていない、そして、彼女が円堂に告白する前に自分が彼女に告白してしまった。まったく、変な話だ。そもそも、風丸はなぜ、木野が円堂を選んだのかがよくわからなかった。たしかに、円堂は風丸からみてもまっすぐで、すてきで、デキテイル人間だと思った。しかし、だからといって、円堂でなくてもいいではないか、一之瀬が、土門が、西垣が、彼女のまわりにはたくさんの男がいるのに。(俺がいるのに、)風丸は木野を見た。木野は顔を少し紅くして、笑っていた。うれしい、と小さな声で言う。 「わたしも好きよ。風丸くんのこと」 「……」 「勘違いしないでね。わたし、ずっと風丸くんのこと見てきたから」 頭が真っ白になった気がする。今までの奮闘がすべてなくなり、白紙に戻された気持ちだと風丸は思った。木野は円堂が好きではなかった。自分を選んだというのか。真っ白で何色にも染まっていない円堂より、真っ黒で醜い自分を選んだというのか。さっきはあれだけ、どうして俺じゃないのか、と何度も何度も聞こえない声で彼女に問いかけていたのに、こんどは、どうして俺なのか、と風丸は言ってやりたくなった。それでも風丸は幸せだった。彼はもう一度彼女に、好きだと言って、キスを落とす。これも一つの愛の形なのだ。まったくこの世は変な話で埋まっている。 (ああ、お前はほんとうに、こういう男が好きなのか?) ああいう男が好きなのかよ ▼みや子さん/gatto |