練習が終わり、いつもどおり宿舎に戻る。

いつもどおり飯を食べて、

いつもどおり部屋に戻る、


のだが。


「あーっ、不動くん!」


いきなり後ろから声をかけられて振り向くと、そこにはオレンジ色のジャージを着たマネージャー。…木野秋なのだが、不動は心の中で秋のことを「マネージャー」と呼んでいた。ちなみに秋は、不動の密かな片想いの相手である。


音無、久遠、雷門。

イナズマジャパンには、現在4人のマネージャーがいる。他のチームよりちょっと多すぎるんじゃないかと思っていたが、4人それぞれが個性的に役割をこなしていることに不動はつい最近気づいた。

しかし、どうも想い人である秋のことだけは、名前で呼ぶことはできない。たぶん自分はただ照れくさいだけなんだろうなぁと思っている。


「…んだよ」


自室に戻ろうとした足をとめる。息も止まらぬ速さで、秋は不動に近づき、不動の右腕をがしりと掴んだ。

「あ?」
「ここ!肘、怪我してる!」
「え?ああ…」


そういや今日の練習で擦りむいたっけ?確か、鬼道クンにスライディングされて俺のわりに派手にこけたんだよな、だっせえ…

とかなんとか思っている間にいつのまにか不動の腕には秋の手はなくなっていて、秋はだだっと駆け出した。


「今、救急箱取ってくるからね!不動くん、部屋で行ってていいよ!」

いつもより落ち着きがない秋は、不動の前から慌ただしく姿を消した。不動は何秒かそこに立ち尽くした後、自分の部屋に向かった。


(……あいつ…無防備すぎねぇか…?)


********

何分かたって、秋が不動の部屋のドアをノックした。

秋の両手には、大事そうに救急箱が持たれていた。

「今手当てするからね」

そういって、不動を近くにあったベッドに座らせる。秋は不動の前にしゃがみ、腕に消毒液をつけた。


「…って」
「そりゃあそうよ…結構傷深いもの」


思っていたよりひどかったらしい。しみるはずのないと思っていた消毒液は、不動が顔をしかめるほど傷口にしみた。


「…今日、不動くん転んだもんね。そのときのでしょ」
「…見てたのか」
「鬼道くんのスライディング、ね」


だっせぇ。不動がそう思ったのとはうらはらに、秋は嬉しそうに微笑んでいた。

「…んだよ、俺が転んだのがそんなに面白かったのかよ」
「あ、違うの。ごめんね、ただ…」
「?」


秋は一端目を泳がせたあと、不動を上目遣いに見た。


「こういうのって…本当はいいことじゃないんだけど」
「…んだよ、言ってみろ。怒んねえから」
「その…不動くんが怪我してくれたから、こうして不動くんと2人きりでしゃべれるの…嬉しくて」
「……」


彼女の顔が少しだけ赤い。
しかし、上目遣いに見てくるグレーの瞳は不動をまっすぐ捕らえている。



限界だ。




次の瞬間、秋はベッドに横たわっていた。

秋は、何が起こったのか理解できず、目をパチパチしたまま硬直している。


「…えっ、あ、あの、?」
「無防備すぎんだよ、マネージャー」
「えっ、えっ?」
「何混乱してんだよ」
「す、するに決まってるでしょ!」


彼女の顔はさらに真っ赤だ。
確かに、怪我して得したな。鬼道クンに感謝だ。



「…不動くん、まだ、手当て終わってないから…」


彼女が目をそらしながら呟く。



「まだそんなこと言ってんのか」


不動は、口角をあげてにやりと笑った。






逃げられるもんなら逃げてみな




▼秋穂さん/春夏秋冬

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