越智先生に、黒崎くんを呼んで来て欲しいと頼まれた。校内放送をかけたけど、20分経っても来ないらしい。
「黒崎くん!」
バンッと勢い良いよく屋上に続くドアを開ける。教室にいなかったから、ひょっとしたらここじゃないかなって思って。
今はお昼休みで太陽が昇ってるけど、秋になったからだいぶ涼しいこの環境で、あたしは黒崎くんが、オレンジ色の頭を、腕に乗せて横になってる姿を発見して。といっても結構隅っこだったから、ただ横になって空でも見上げてるのかなって思って近寄ってみる。そしたら規則正しい寝息が聞こえて。
(うわわっ、寝てるんだ………!)
さっき結構大きな音をたててドアを開けちゃったけど………、だ、大丈夫だよね?た、多分この様子は大丈夫!!
あたしは黒崎くんが寝ている本当に側まで近寄ると、そっとしゃがんで腕を組む。それから黒崎くんの寝顔をまじまじと拝見。
寝てる間も眉間に皺がよってるんだ………。でも口はちょっとだけあどけなく開いてる………。一見すると怖い感じの寝顔だけど、よくよく見ると可愛いな。―――こんな風に寝てるなんて、あの時はこれっぽっちも気付かなかった。
(あの時は、帰って来られるなんて思ってなかったもんね………)
覚悟を決めて真夜中に黒崎くんに会いに行った。もちろん真夜中だったから黒崎くんは寝てた。身体中に包帯を巻き付けた痛々しい彼の姿を見て、あたしはこれ以上彼に護ってもらい続けるわけにはいかないと思った。―――黒崎くんは優しい人だから、黒崎くんを必要とする人はたくさんいるから―――、これ以上傷ついちゃダメって、そう思って。
それでも黒崎くんはあたしを助けに来てくれた。助けに来てくれたにも関わらず、あたしは彼のことを一瞬怖いと思ってしまったけど………、あの時手を差し伸べてくれた黒崎くんのあの顔を見て、やっぱり黒崎くんは優しくて、あたしは黒崎くんが好きなんだって思った。
「好き………だよ?黒崎くん」
口に出してそう言ってはみたけれど、黒崎くんはやっぱり寝てる………、って、あれ??
黒崎くんの目はさっきまで閉じてたはずなのに、今はパッチリと開いてて。しかもさっきよりもどことなく顔が赤い。
「く、く、く、黒崎くん!お、おはよう!!」
「お、おう………、」
え、え、もしかして、まさかあのタイミングで起きちゃったのかな、さ、さ、さっきの好きって言っちゃったあれ、聞かれちゃった!?
「あ、あのね!えっとさっきのは、」
「井上、俺に用でもあったか?」
用………?用………、そうだ、黒崎くんの寝顔見ててすっかり頭から飛んでたよ!!
「あ、えっと、越智先生が!黒崎くんを呼び出したんだけど来ないって言ってたよ?」
「越智さん?うわ、全然気付かなかったぜ………」
この様子、もしかして聞かれてない………、の、かな?あたしは内心ホッと胸をなで下ろす。
「じゃ、俺、ちょっと行ってくるわ」
「う、うん!いってら」
「待った」
あたしはカチコチ笑顔で、ロボットみたいにガチガチの動きで黒崎くんに手を振って送り出そうとしたんだけど、黒崎くんの最後の一声に動きは完全にフリーズ。
「え、えっと、な、何かな?」
「………今はもう時間ねえから、今日の放課後、もう一回ちゃんとさっきの聞かせてくれよ」
「さっ!?さっきの?!」
「黒崎くん、の前のヤツ」
「!!!?」
屋上で声に出して言った言葉といえば、黒崎くんと、紛れもなく黒崎くんが指定した、好きだよって言葉だけで。わああっ、聞かれちゃってたんだ、何だかものすごく恥ずかしいよ………!!
「逃げるなよ」
「に、逃げっ」
「悪いようにはしねえから」
悪いようにはしないって………、それって………、
「じゃ、じゃあ俺行くから」
「あ、う、うん!いってらっしゃい!!」
今度こそ最後までいってらっしゃいって言って、黒崎くんが屋上を出て行くのを見送ると、あたしは脱力してその場に座り込む。
悪いようにしないってことは………、それはいい返事を期待していいってこと、だよね………?
(残りの授業、ちゃんと受けられるかな………?)
熟れたトマトのように真っ赤になってしまった両頬を抑えて、あたしは右頬だけを軽くつねってみた。………痛みを感じて、これは現実なんだって理解。―――落ち着くどころかますますドキドキしてしまった。
なあ、もう一回好きって言って
(寝てる間に言うなんて反則だ………。言われた方の身にもなれよな)
▼鈴蘭さま/ファンタジア
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