― I never separate you ―










 もしも、これが 夢だとしたら、
 絶望の淵に立ち、子供の様に 泣き喚き、

 きっと、立ち直る事なんて 不可能なんだろう。








 魔人ブウとの激戦をやっと 終え、
 それぞれ 神殿で 家族や仲間との再会を分かち合う最中。


 今回の激戦の中、運良くも 生き返った悟空と
 今回の激戦の中 殺されるも、ドラゴンボールで 生き返ったチチ。

 二人は 神殿の端で ひっそり佇んでいた。



 七年と云う年月は、
 過ぎ去れば あっと云う間に感じられたが、二人の間には 相当な 溝が出来ていた。

 まだ、何かを信じられない様な。
 これは、何度も繰り返し見た 夢なのではないか。

 未だに半信半疑な気持ちだ。



 悟空は チチの背を見詰めながら、
 チチは 晴れ渡る青空を見詰めながら、


 先に行動したのは、チチだった。

 足を歩めたと思えば、神殿の端から足を放り出し 腰掛ける。



 「 おい、そんな所に居たら 危ねぇぞ。」



 空中に足をぶらつかせた状態で腰掛けるチチ。

 チチは 自分等の様に 自在に空を舞う事は出来ない。
 突風などに吹かれたら、最後。
 遥か雲の下にある地面に 叩き付けられる事は 間違いなく、一環の終わりだ。


 悟空は最悪の状況になり兼ねない為にも 制止を掛ける。



 「 それなら、大丈夫だよ。」



 チチは、悟空へ振り向き、
 少し 大人びた、優しくて柔らかい 笑顔を向ける。


 この七年間で 覚えた笑顔なのだろうか?

 見た事もない 笑顔に、
 思わず 不意打ちを喰らい、胸の奥が ドクンッと高鳴った。



 「 … で、でもよ、
   もし 落っこちまったら、折角 生き返ぇったのに、またあの世に 逆戻りだぞ? 」



 久々に高鳴る鼓動を 押し殺しては、
 僅かに動揺しつつも、チチに気付かれぬ様に 云う。



 「 大丈夫だって 云ってるべ?
   それに、もし 落っこっちまっても、おらの頼もしい旦那様が 助けてくれるだろうからな。」



 柔らかく 微笑み続ける彼女は、
 頬を僅かに上気させながらも、自信満々に云い遂げた。


 どこから、その自信が来るのか、不思議ではあるものの、間違いはない。



 「 まぁ、おめぇの云う通り、絶対ぇ 助けるけど、」

 「 んだら、大丈夫だべ。」



 クスッと笑うチチの隣に、
 彼女同様 足を空中に投げ出し、座り込む。


 会話が途切れ、流れる 緊張感を持った 沈黙。


 チチは、尚もまた 空を見上げて、
 悟空は、久々に見る 妻の横顔を チラチラと視線を映した。



 何を話せば いいのか、分からない。

 あの世で チチを想う時は、次逢ったら こーしよう、あーしよう、と思っていたのに、
 いざ、その時が訪れてしまうと、こうも上手く行かないものなのか。

 一体、七年前の自分は、こういう時、どうしていたんだろうか。



 「 ねぇ、悟空さ? 」

 「 へっ? な、なんだ? 」



 いきなり、声を掛けられて、
 驚愕と戸惑いから、声が裏返って 思わず 動揺してしまう。

 そんな悟空の姿を見て、やはり 柔らかい笑顔で笑うチチ。


 おかげで、胸の奥の高鳴りが治まらない。



 「 おらな、夢さ 見てる気分だ。」

 「 夢? 」

 「 うん。
   悟空さが 隣に居て、話せるなんて、夢の中でしか 叶わなかった事だからな。」



 その所為で 不思議で仕方ねぇだよ、そう笑う彼女は、
 あのセルゲーム前の九日間に、時折見せる 切なげな笑みを浮かべた。

 ちょこんっ、と 遠慮気味に 悟空の肩へ頭を預けるチチ。
 悟空は チチの肩へ腕を回し、遠慮すんな、とでも云う様に グッと引き寄せ、身体を密着させる。

 力強い悟空の腕は、チチの胸の鐘を響かせた。



 夢とは、恐ろしいものだった。

 何かに対し、執着も固執もしなかったのに、
 チチを想わせ、忘れようとして 身体を鍛え上げる修行に時間を費やし、
 疲れ切った身体を寝かせれば、いつも思い描く チチと築いた幸せな家庭の夢。

 起きれば、夢と異なる現実に 絶望し、涙を流した事も ある程。



 「 … 夢はさ、もう 見飽きちまった。」



 気付いたら、そんな事を口走っていた。

 はっ、と我に返れば、
 不思議そうに 覗き込んでくる様に 見上げている チチの顔。



 「 見飽きたって? 」

 「 … 夢に おめぇや悟飯が出て来るのは、記憶の中でのおめぇ達にしか会えないのは、もういいかな。
   つーか、もう 見飽きたかなって。」



 見飽きたのではない。

 あんな夢と現実の違いに絶望し、
 苦しみ、もがき、苦痛を味わうのは、もう沢山だ。



 「 なぁ、悟空さ 」

 「 なんだ? 」

 「 悟空さは、これが もし 夢だとしたら どうするだ? 」

 「 さぁ … な。」



 さぁ、なんて 嘘だ。

 本当は 答えなんて 分かってる。


 こんなにも 近くに居るのに、
 寄り添っていて、触れられているのに、
 安堵する温もりを感じられているというのに、

 もしも、これが夢だとしたら、きっと 我を失う様に 泣き喚く事だろう。



 「 …… おらなら、ちっとばかし 泣いちまう。」

 「 ……。」

 「 悟空さは? 」

 「 … 同じかもしんねぇな。」



 真っ直ぐな瞳に射抜かれては、
 逃れる術を失い、素直に云うしかなかった。

 こうも、情けない姿を晒せるのは、彼女しか居ない。


 しかし、情けない事を云う自分に対し、
 彼女は 嬉々と微笑み浮かべては、何を思ったのか すっと立ち上がり振り返る。

 視界に映すのは、悟空ではなく、悟飯と悟天。



 「 悟飯。悟天ちゃん。」



 凛とした声を響かせるチチ。


 声を耳にした 息子二人、
 悟飯は、ビーデルから視線を外し、チチへ振り返り、
 悟天は、トランクスと神殿を駆けまわっていたのを止め、チチの方へ振り向き、
 二人の視線が這う中、チチは 母親の優しい笑顔を 振り撒いた。



 「 何ですか、母さん? 」

 「 お母さん、なぁに? 」



 その声に 反応する事無く、
 チチは 真っ直ぐ 息子二人を見詰めながら、悟空へ話し掛ける。



 「 悟空さ、これが夢じゃねぇって 証明してけれ。」

 「 えっ?
   どーやってだ? 」



 チチの思考の意図が見出せない。

 それよりも、チチの背後に迫り来る、延々と広がった空の遥か下にある地上が 気が気じゃない。
 後 一歩でも後退れば、確実に神殿から 落下してしまう。



 「 おらを 助けてけろ。
   これが 夢じゃねぇって云うなら、悟空さが 助けてくれる筈だべ。
   もし、これが夢なら、おらは 悟飯と悟天ちゃんに 助けられちまうだろうけんどな。」

 「 …… 助ける? 」



 助けろ、と云っているチチの言葉の意味が分からず、
 悟空は 思い悩む様に、小首を傾げる。

 その隙を 見逃す筈もないチチは、一歩 後ろへ足を引き、天界から いとも簡単に身を投げ出した。



 「 えっ、チチっ!! 」

 「 母さんっ! 」

 「 お母さん?! 」



 孫家の男三人の声が盛大に響き渡る。



 「 あんの、馬鹿っ、」



 苦虫を噛み潰した様な、重苦しい表情を浮かべる 悟空。


 次の瞬間、
 逸早く 行動を見せたのは、勿論 悟空だ。



 「 彼奴はオラが助ける! だから おめぇ達は来んな! 」



 叫ぶ様に 声を張り上げた 悟空は、
 怒りの姿、超サイヤ人へと一瞬で超化し、天界を飛び降りる。


 一連の出来事に 唖然とする 息子、悟飯と悟天。



 「 … 兄ちゃん、何があったの? 」

 「 さ、さぁ …。」

 「 お父さん、お母さんを自殺させようとするくらい、怒らせちゃったのかな? 」

 「 … 大丈夫だろう、きっと。」



 話の流れが いまいち 掴めていない二人は、
 呆気に取られながら、母の安否が気になりつつも 父に命じられた事を 守るのだった。





 一方、上空で 必死に追い掛ける 悟空。


 重力に逆らう事の出来ない チチの身体は 思ったより、落下速度がある。
 全速力で 空を駆け巡れば、チチを視界に映した。



 「 チチっ! 」



 カリン塔に差し掛かる前の上空で チチを視界へ映せば、
 高速速度で チチを追い越し、仰向けの状態で落下してくるチチを、両腕で しっかりと抱き留めた。


 映すは、僅かに驚いた様な チチの表情。



 「 おめぇ、何してんだよっ!! 」

 「 …悟空さ。」



 彼女に対し、こんな怒りを露にしたのは 初めてかもしれない。


 怖かった。

 もし、風に吹かれる 彼女を見付け出せず、
 地面に叩き付けられた彼女を発見してしまった時の事を考えると、身震いさえする。



 そんな事を 知らずの彼女は、首へ腕を回し 抱き着いて来た。



 「 夢じゃ … ねぇだな。」

 「 はっ? 」

 「 信じてただよ、悟空さの事。」



 瞳に涙を浮かべては、嬉々と 優しさ溢れる笑顔で笑う彼女。

 こんな状況だと云うのに、笑っているチチに、
 心底呆れて、溜息を吐きながらも、笑みが零れ落ちた。



 「 ったく、相変わらず、ムチャすんなぁ。」

 「 … そったら事、普段はしねぇだよ。
   悟空さが居てくれるからだべ。」

 「 そうだったとしても、もう二度とこんな事すんなよ?
   ヒヤッとしたぞ。」



 焦燥感に駆られた身体は、
 嫌な程 背に汗を掻き、服が纏わりついている。

 それでも、安心したような 彼女の笑顔を見られて、心底 幸せだと感じた。


 もう、離さない。
 二度と離してやらない。

 離してなるもんか。


 華奢な身体を引き寄せ、ぎゅっと抱く腕に力を込める。



 「 おかえりなさい、悟空さ。」

 「 たでぇま、チチ。」



 七年振りの幸せを噛み締め、微笑み合い、
 お互いの名前を呼び合えば、吸い寄せられる様に 口付けを交わしたのであった。








 お前が隣に居て、
 一緒に笑い合って、

 優しい声が聞けて、温かい体温に触れられて、


 これが、夢じゃない、だなんて、
 きっと、世界一の幸福とも呼べるのだろう。


 もう、二度と離さない。





I never separate you
〜 もう二度と、お前を手放したりはしない〜






2018.05.07




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