― 片想い ―
何で 、
どうして 、
俺を 見ろ
俺に 触れろ
俺を 愛せ
―― 俺を 拒絶すんな。
悟飯をピッコロに預け、悟空は一日だけ 休息を取った。
その理由、
ここ最近 夫婦仲が上手くいってない チチとの時間を作る為だ。
修行もせず 他に何かする事もない悟空は、
キッチンに立ち 昼食作りに励む チチの後ろ姿を リビングにあるソファに座り じっと見詰めていた。
「 チチ、」
呼び掛けるも、応答はない。
聞こえていないのか、
はたまた 無視をしているのか、
どちらにしろ、不愉快な事に変わりはない。
暫く チチを見詰めていると、
やはり 自分の視線に気付いているのか、緊張感からか チチは包丁を滑らせた。
「 あっ、」
一つ 声をあげるチチ。
包丁は 重力に逆らう事無く 床へ落下していくも、
逸早く察知した悟空は 高速スピードで駆け寄り、包丁が床に触れる一歩手前で 受け取る。
チチからしたら その動きは捉える事が出来ず、
風が吹き抜けたかと思えば、目の前に居る悟空に驚いた様子で 目を見開いていた。
「 …ほれ、危ねぇな。」
驚愕し 硬直するチチへ、
刃先を持ち、刃先を自分に 持ち手を彼女に向け、包丁を差し出す。
「 あ、あー、すまねぇだ。」
久々の 夫婦のやり取り。
最近は 会話さえ ろくに取れず、
自分はいつも通りに接しているつもりなのだが、彼女は明らかに避けていた。
と、包丁を受け取ろうと伸びてきた手に 思わず視線が止まる。
( 何 震えてんだよ
何が そんなに気に喰わねぇんだよ )
彼女の無意識な反応に、
痛い程 胸がドクドクと高鳴り、その高鳴りを押さえるかのように胸が締め付けられた。
「 ちょ、っとっ …?! 」
「 何だよ、」
「 血 …。血が …、」
チチの視線の先を辿れば、
無意識の内に 拳で握り締めた包丁。
防御など固めていなかったものだから 刃が掌に食い込み、ポタポタと血が流れては 床にシミを作っていた。
嗚呼、痛い。
手よりも 心臓の方が よっぽど痛い。
「 なぁ、」
超サイヤ人の状態だからか、
血を見た瞬間、自分の中で制御していた何かが 弾け飛んだ。
お前の血は 何色?
どんな香りがする?
お前の白い肌に 真っ赤な血で染め上げたら、それは綺麗に映えるだろうな。
我ながら 恐ろしい事を考えてた。
それでも 制御を失った思考回路では 狂気に満ちた 考えしか浮かばないのだ。
溢れる血など 気にする事無く、
包丁を刃先から持ち手に握り替えれば、刃先を床へ向け 一歩 歩み寄る。
「 … 何だべ? 」
彼女の真っ直ぐで 曇りない瞳が 大きく揺れる。
また 一歩近付けば、その分 後退るチチ。
「 お前は 俺が怖ぇんか? 」
数日前、初めて 超サイヤ人となった姿を晒した。
その日から、チチは 警戒心を張り巡らした。
普通の状態で居る時は 特に警戒心はないのだが、
少しでも気を高めたり、ましてや 超サイヤ人となれば、元武道家としての危機感なのか …。
明らかに身構え、細心の注意と警戒心を高めて、避けるようになった。
「 怖く、なんか …、」
「 じゃあ、何で逃げんだよ。」
「 … そんなつもりはねぇだ。」
そんなつもりはない、と云う癖に、
また一歩近付けば、また一歩 後退り 少しの沈黙が流れた。
包丁という 凶器を思い切り 握り締める。
先程の傷口に爪が食い込み、鈍痛を感じた。
何故、俺を見ない?
何故、俺を拒絶する?
何故、俺を愛してくれない?
同じ 孫悟空なのに、
お前の目に映るのは この姿じゃない孫悟空なのか?
だとしたら ―― 。
「 なぁ、チチ、」
包丁を片手に、高速スピードで 彼女に近付けば、床に押し倒す。
「 いったっ …、何すんだべっ、」
後頭部を打ち付けた 彼女の歪む表情。
乾き 疼いた心身には、
それが刺激となって 更なる上のものが 欲しくなる。
俺であって、俺じゃない、
孫悟空だけを想うなら、俺を映してくれないのなら、
いっそのこと ―― 。
「 殺していい? 」
その瞳に 映してくれないのなら、
その温もりを 与えてくれないのなら、
俺も拒絶して 愛してくれないのなら、
いっそのこと、彼女を殺して、自分だけのものにしてしまおうか。
それとも、彼女を殺して、自分の命も絶って、二人だけの世界に閉じ込めてしまおうか。
彼女の大きな瞳は 更に見開かれ 揺れた。
「 …な、に…云ってるだ? 」
恐怖と絶望の表情が 読み取れた。
華奢な身体は 強張り、僅かに震えている。
それが 快感な事も知らずに。
「 殺してぇんだよ、お前を。」
愛してくれないから、
自分を拒絶して、お前のその心が呼ぶ 孫悟空が憎いから。
これが 嫉妬だとするならば、狂気と呼べるだろう。
チチの瞳が大きく揺れて、透明の雫が零れた。
「 …何で? 」
「 うぜぇんだよ、」
「 何が? 」
「 孫悟空が。」
「 えっ?
孫悟空って … 。おめぇさの事だろ? 」
「 違ぇんだよ、」
彼女が 求めてくれない。
彼女が 愛してくれない。
たった それだけの事なのに、
たった それだけの事が 重要で、
たった一つ 欠けただけで こんなにも狂ってしまう。
憎い。憎い。憎い。
俺の中で 生きてる 孫悟空が、
俺を愛してくれない お前が、
憎くて、仕方ない筈なのに、
振り上げた包丁を 彼女に突き刺すなんて 出来なくて。
「 チチ、」
憎しみ以上に、
愛しい だなんて、
殺したい理由が、
愛してほしいから だなんて、
お前が聞いたら 笑うだろうか?
「 …ご、くう、さ? 」
包丁を床に投げ捨て、
零れ落ちそうになる涙を堪えて、
ふっくらした桜色の唇へ 奪う様に 自分の唇を重ねた。
殺す代わりに、噛み付く様な口付け。
呼吸を求めて 薄く開いた唇から 舌を滑り込ませては 唾液毎混ぜて 口内を荒らす。
彼女の甘い吐息に、
疼いていた心は 潤い始め、
心も身体も 溶けてしまいそうな程、酔い痴れた。
「 初めてだな。」
「 … 何が? 」
「 … 俺の名前、呼んでくれたの、」
唇を離しては、
酸素を求め 肩で呼吸するチチ。
熱っぽく 色っぽく潤んだ瞳に 桜色の頬が紅色に変化する頬。
そんな表情で見詰められては、理性の糸が 保てる筈がない。
「 名前、呼んでほしかったんだべか? 」
「 … 違ぇ。」
華奢な身体を
斬り付ける代わりに 強く強く 抱き寄せる。
―― 愛して欲しいんだ。
この声は 果たして 届いたんだろうか。
ただ 彼女をその後 抱いて、
自分の底知れぬ 愛をぶつける様に 痕を残して、
互いの温もりと熱を何度も 交わし合って、
疲れ果てた身体で 意識が途切れる 間際。
脳の片隅で、聞こえた気がしたんだ。
『 悟空さ?
おら、おめぇさを愛してるだよ。』
それは、現実だったのか、
愛されたいと云う 願望が見せた 夢なのか、
定かではないが、幸せだ、って笑えた気がしたんだ。
自分であって
自分じゃない 彼に 嫉妬という感情を覚えた。
同時に 嫉妬と云う感情は 人をここまで狂わせる狂気なんだという事を知った。
お前は いつになったら 愛してくれる?
もう一人の俺を愛すな とは云わないから、
俺を映して、触れて、愛してくれよ。
片想い
〜 もう一人の俺を想うお前に愛されないのならば、いっそ殺してしまいたい。〜
2018.04.14
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