― I want you ―










 触れたのは、
 確かに求めた筈の温もり。


 でも、違ったんだ。



 求めたのは、たった一人のお前だった。










 フカフカな ベッドの上。

 朝も夜も 太陽も月もない 世界で
 起床時間だと 意識が覚醒するのは 幼い頃からの習慣だろうか?


 悟空は 重い瞼をそっと開き、寝返りを打とうとする。

 しかし 寝返りが打てず、ふと隣に感じる温もり。



 「 あ…、」



 隣には、女武道家である、クロスの姿。

 凪がれる様な長い黒髪。
 武道家にしては 華奢な身体。
 白く絹の様な 色白の肌。


 クロスは 何処か…彼奴に似てる気がした。



 ( そう云えば、遣ったんだっけ。)



 ぼんやりと 昨夜の情景が蘇る。

 久々に身体が疼いて 眠れぬ深夜帯に クロスが訪れた。
 クロスは ここ最近 云い寄ってきていた女だ。

 それをいい事に 好奇心と衝動に任せ、手を掛けた。




 初めて、彼奴以外の女を この手に抱いた。



 触れたのは、確かな女の吸い付く様な肌と温もり。
 そして 身体に熱を持たせる筈の 甘い声に 甘い匂い。


 身体が求めていた筈なのに、何かが足りなかった。

 欠けてはならない 何かが。



 悟空は 瞼同様に 重い身体を起こした。

 その反動で クロスが身動ぎ そっと閉ざされていた瞼を開く。
 直視する事なく、気の動きで悟れば、ふっ、とクロスが笑った気がした。



 「 おはよう、悟空君。」



 何処までも 彼奴に似た女だ。

 声帯すらも 似ていて、
 その声に 振り向き、クロスを見遣れば、
 照れた様に 頬を染め微笑む姿と目が合い、身体を隠す様に シーツを巻き付けるクロス。


 ただ 不思議な事に 心は 何も感じないのだ。



 「 オッス。」



 自分なりの言葉で 単調に返事をすれば、
 窓の外に延々と広がる 桃色をした 空を仰ぎ 見上げた。


 空は 良い。
 何も思う事無く 感じる事もなく、
 自分に似ている気がして 不思議と落ち着くんだ。

 …尤も、ここの空の色は 気に食わないのだが。



 「 …悟空君は 空が好きなの? 」



 今、正に 考えていた事を見抜かれ、
 問われた事に 多少なりとも驚くが 一切 表に出す事は無く動揺はない。

 見上げた空から 視線を外し、一瞬 クロスへ視線を映す。



 「 何でだ? 」

 「 修行の終わりとか ふとした時、いつも見上げてるから。」



 そう云う クロスもまた 空を見上げた。


 意識してるつもりはない。
 だから 彼女の云う事が 本当なのかは分からない。


 クロスから視線を外した 悟空は昨夜 ベッドの端に脱ぎ捨てた 胴着に手を伸ばし 身に纏う。
 多少 クロスの視線を感じたものの 気にする事は 特にない。



 「 ……空。」

 「 ん? 」

 「 別に 好きとか嫌いとか ねぇよ。」



 好きも嫌いもない。
 ただ 心身 共に落ち着くから。
 空洞となった 心の遥か奥底にある 何かが穏やかになるから。

 ただ見上げてるだけ。


 帯を巻き終えれば、悟空は ベッドの端に 腰掛ける。



 「 そっか、
   じゃあ、空 見てる時 何考えてるの? 」

 「 …… 何で? 」

 「 いつも 明るく元気な悟空君が 唯一 悲しそうな顔をするから。」



 何も 云えなかった。
 否 そこまで見抜かれてしまっていると 何も云えないのだ。


 黙り込む悟空に クロスは横顔を見詰める。



 「 唯一 … だと思ってた。」

 「 あぁ。」

 「 でも 昨日、空を見上げる時以外にも 悲しい顔するんだって知った。
   んーん、空を見上げてる時よりも 遥かに 悲しそうに 寂しそうにしてた。」

 「 … いつ? 」



 確かに、空を見上げてる時は
 心の遥か奥底にある 何かを押し殺す為の行為。
 哀切さが伝わってしまっても 仕方ない事だとは思う。


 ただ クロスが云う言葉がよく分からなかった。

 成るべく、気丈に振る舞っていて、
 周りに気を使わせないようにしているのだから、
 空を見上げている時の事以外には 全く自覚がない。



 クロスを見詰めれば 視線が絡み合う。

 彼女の表情は まるで苦虫でも潰した様な 重苦しい顔。



 「 …… 私を抱いてる時。」

 「 …… えっ? 」

 「 凄く悲しそうに 私を見詰めて
   何かを探り当てる様に 誰かの名前、呼んでた。」

 「 …… 名前、? 」




 クロスの云う事が 分からなかった。


 身に覚えがない。
 まず 何故 抱く経由になったかのすら 覚えてないのだ。

 ただ 触れた事は覚えてる。



 「 本当に 覚えてないの? 」

 「 嗚呼、悪ぃ。」

 「 悟空君が寝る前に 云ったの。」



 ―― チチ、


 その名前を クロスの口から 聞いた時、身震いした。

 心臓が 壊れそうな程 バクバクと高鳴り、
 その心臓を 締め付ける様な 鋭利なナイフで 切り刻まれる様な 激しい痛み。


 苦しくて、痛くて、
 その名前だけは、思い出したくなかった。



 「 … ねぇ、誰なの? チチ…さんって。」

 「 さぁ…な。」

 「 悟空君、好きな人 居ないって云ってたじゃん。」

 「 好きな人は居ねぇさ。」



 ”チチ ”
 嘗て 生を受けていた頃 心底 愛した女だ。

 好きな人ではない。
 特別な人、愛した人。


 でも 思い出すだけで 辛くなる。

 折角 想いを封じ込めたのに、
 何もかも 忘れようとしていたのに、



 「 じゃあ、何でチチさんって云う人が居ながら、私を抱いたの? 」

 「 さっきっから、何で そんな事 聞くんだ? 」



 思い出したくないのに、
 何故 その過去について 触れるんだろう。



 「 悟空君が 好きだから。」



 愚かだと思った。

 好きなんて甘い感情、
 ただ自分を苦しめるだけの感情、
 そんな感情は 捨てたほうがいいと思うのに、それを出来ていないのは 自分自身なのだ。


 真っ直ぐに 視線を絡み合わせるクロスに 悟空は見詰め返す。



 「 オラん事、好きなんか。」

 「 好きだよ。」

 「 ……そっか、」



 あまりの即答に 驚く暇もなく、返す。



 「 私の質問に答えて?
   何で 私を抱いたの。 好意があったから? 」

 「 …… オラ、好きとか よく分かんねぇから。」



 好き なんて 感情は よく分からない。

 ただ 一人。
 たった 一人。

 心底 愛おしくて 堪らない人が居た。
 否 今も愛しいから 辛くて 気持ちを封じ込めた人がいる。



 「 …嘘吐き。」

 「 えっ? 」

 「 嘘吐きっ!! 」



 キッと 眉間に皺を寄せ、睨み付けるクロス。

 嘗て、愛した人の姿によく似ていた。
 嘘吐きだと罵声を浴びては、よく怒っていた 彼女を。


 嗚呼、こうやって 怒られる事すら、今考えると 幸せだったのかもしれない。



 「 何で、笑うのよ。」

 「 …… 似てんだよ。
   おめぇに そっくりなんだ。チチは。」



 チチ、と 声に出して 呼んだのは、何年振りだろうか。


 懐かしくて、幸せだった日々が 蘇る。

 修行ばかりしていれば 怒られ、
 拗ねたように 許してくれて、
 最後には 呆れたように笑ってくれて、

 今 思い返せば、彼女に甘え切ってたんだ。


 クロスは 驚いた様に 大きな瞳を 更に見開かせる。



 「 似てる? 」

 「 嗚呼、全部ってわけじゃねぇけど 似てんだ。」

 「 …チチさんって、誰なの? 」



 その質問に対して、
 正直に云えば クロスが傷付く事は 幾ら悟空が鈍感だからと云っても 分かる。

 ただ、静かに告げた。



 「 オラが生きてた時の嫁だ。」

 「 …っ!
   やっぱ、好きな人 居たんじゃん。」

 「 好きな奴じゃねぇ。愛した女だ。
   修行と冒険ばっかだったオラに 初めて 家族をくれた。
   普通の生活を教えてくれて、いつも 家で 待っててくれたのに、」



 ―― オラは 置いて来ちまった。



 失ってから 初めて気付く、とは この事だろう。

 誰よりも 愛おしくて、
 心臓の一部だった 彼女が居なくなった事で、心に空いた空洞。


 愛おしさのあまり耐え切れず 押し殺したのに、
 昨夜は 気持ちが溢れそうで 仕方なかったのを 思い出した。

 本当に 心臓に穴が開いてしまいそうで、埋める為に 衝動に任せて、クロスを抱いた。


 でも、それは埋まる所か、
 大きく広がって、先程迄 思い出せない程 無感情だった。



 「 …なら、触らないでほしかった。」

 「 あぁ、すまねぇな。」



 涙を流す クロスを 見て見ぬ振りをした。

 傷付くと知っていたから。



 「 … 私とその人を重ねて、チチさんの事 呼んで、
   謝られて、愛してるって云われて、もう何が何だか 分からなかったっ、」



 " チチ、すまねぇな、
  でも 好きだ。愛してる。"


 意識もはっきりしない中、確か そう云った。



 「 オラが愛せんのは、チチだけだから。
   おめぇにした事は 謝る。」

 「 ……っ、もう…いい、」



 そう云うクロスは、
 床に散らばった 胴着を持ち、シーツを身体に巻き付けたまま、部屋を飛び出していった。

 勿論、深追いするつもりはないし、引き留める事なんてしない。




 ただ、一人。
 果てしなく 広がる空を見上げた。



 昨夜、身体の疼きに耐え切れず、クロスを抱いた。
 求めたのは 女。

 初めて チチ以外の女に触れて、確かに 夢中で求めた。
 でも それは クロスの姿に チチを思い浮かべ、五感全てをチチにすり替えた。


 ただ、満たされる事はなかった。


 性欲の問題ではなく、心の問題。
 埋める筈の心は 埋まる所か 余計 広がって、苦しい。


 結局、求めたのは、女じゃない。

 たった一人、愛した女で、彼奴の温もりが欲しくて、彼奴の 甘過ぎる声と匂いに 溶かされたかった。


 今、残るのは、
 チチとクロスに想う、罪悪感と後悔。

 そして、チチに対する執着心だけだった。









 どれだけ、お前を求めても
 五感全てで、お前にすり替えたとしても


 お前はそこに居なくて、
 結局 お前はお前だって事に 罪を犯した後に気が付いた。






I want you
〜 どれだけ身体が疼いても、結局求めていたのは お前の温もりだった。〜






2016.01.05
まず、謝罪します。すみません。m(_ _"m)
悟空さが 浮気なんてする筈がありません。(私はそう思ってます)
ただ ふと、こういった小説を書いてみたかった出来心なんです(笑)
んでもって、悟空さは遣ってないと思います。未遂で終わったと思います。
正しい表現は書かなかったのですが、そのつもりで書いたので。
読んで下さる方の捉え方で、遣ったも遣ってないも ぜんぜんいいんですけどね(笑)




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