― 貴方に触れるまで あと数センチ ―










 全身が 貴方に酔い痴れる。

 唇が触れるまで、あと何センチ?












 孫家の遅過ぎる 夕食の後片付けをしている チチ。


 それも これも 悟空の所為なのだ。

 彼が帰って来たのは 二十二時を回る 少し前。

 修行に夢中になってたら、つい… と悪びれも無く 云い訳をしたのには
 もう慣れてしまったのか、怒りさえもすぐに消えてしまった。




 ガチャッと 浴室の扉が開けば、
 身体中から ホカホカと湯気を放ち、水滴だらけの悟空だ。

 ちょっと 様子が違うと云えば 超サイヤ人とかで 瞳は翡翠色の髪は黄金色。


 そんな事よりも チチは悟空の姿を見るなり、キッと睨みを効かせた。
 悟空はチチの視線に気付きもしないで 呑気に笑って見せる。




 「 チチー、風呂 気持ちか…、」

 「 悟空さっ!! 」




 ニカッと笑う悟空とは 対照的に怒鳴り付けるチチ。


 いぃ゛、と焦った様に 悟空は一歩 後退れば、チチの目を見て、初めて怒って居る事に気付く。

 だが チチは容赦はしない。
 彼が 一歩後ろへ足を引けば、彼に一歩近付き 詰め寄った。 


 悟空は後ろへ足を引くも、背に壁が付いてしまえば、逃げ場を失ってしまう。




 「 ま…まだ、オラが遅かった事 怒ってんのか? 」

 「 それは これから気を付けてくれれば もうええだ!
   おらが今 怒ってんのは その悟空さの格好だべさ! 」




 怒るのも 無理はない。

 彼は 寝巻きは愚か、下着すらも身に着けていない 素っ裸状態。
 その上、ろくに身体を拭きもせず、今まで悟空が歩いた場所は身体から照り落ちた 水滴だらけだ。



 ただ 改めて 思うのは、
 その無駄無く 鍛え上げられた身体は 目に毒な程 格好善い。


 不覚にも そんな事を思ってしまった チチは頬を紅色に染め上げながら 目を逸らす。




 「 全く、いい大人が 素っ裸で うろうろして、恥ずかしくねぇだか? 」

 「 ……え、っと…、オラ 何とも、」

 「 普通の人は 恥ず………、」




 彼の顔が 近付いてきて、
 思わず、出掛かった言葉を飲み込んでしまう。


 何だろう。


 手首に掛けていたタオルを下半身へ巻き付ければ、
 いつになく、真剣な顔付きで、
 その変わった色をした 翡翠色の瞳で 捉えられてしまえば、もう 逃げられない。




 「 …悟空、」

 「 シッ、黙れ。」




 彼の顔は どんどん近付いてきて、触れるまで数センチもない。


 …キス、される。


 そう覚悟した チチはぎゅっと目を閉じた。
 心臓の音だけが やけに煩くて 聞こえて仕舞わぬ様 呼吸さえも忘れる。



 ……が、
 一向に何も起きず、ふわっと何かが 前髪に触れただけ。

 緊張しながら 浅く呼吸をし 薄らと目を開ければ、何かを差し出してくる 彼の手。




 「 ほれ、埃 付いてたぞ。」

 「 ……っ、! 」




 ハラハラと床に埃を落とす悟空は 呑気に笑っていて。


 有り得ない 彼の行動に
 沸々と羞恥・怒りが 込み上げてくる。 
 お陰様で 自分でも分かる程に 頬が熱を持っていく。




 「 な、何だべ、それっ! 」

 「 へっ? 」

 「 おらの緊張 返してけれ! 馬鹿 悟空さっ!! 」




 八つ当たりの様に叱る チチは
 悟空の胸板を 軽く叩き、傍から押し離す。


 その行動を 不思議そうに 見詰めている悟空だったが、
 先程の自分の行動を思い出したのか 成程 と理解した様に ニヤッと口角を上げた。

 そんな悟空に気付く事のない チチは 羞恥心に染まる頬を必死に顔を逸らし 隠した。




 「 なぁ、チチ。」

 「 何だべっ! 」

 「 ひょっとしてさ、」




 そう云う悟空は、片手でチチを引き寄せる。


 ふっ、と耳元に掛かる 彼の吐息。
 擽ったい 感覚に ピクッと体を震わせ、押し返そうにも 鍛え抜かれた彼の身体はビクともしない。




 「 ちょ、離れ…、」

 「 キスだと思った? 」

 「 …っ! 」




 的を射抜く 彼の言葉に
 甘く囁く彼の 優しい声に
 何もかも 全てが持っていかれそうになる。


 それは 確信犯?


 羞恥心に何も云えなくなるチチは ただ呆然とし、
 その隙を狙ったかの様に 耳へチュッと音を立てて 口付けては 甘噛みする悟空。




 「 ちょ、悟空さっ! 」




 彼の吐息が 舌遣いが 全身を痺れさせる。
 まるで 甘美な猛毒を刺されたみたいに 全身を甘く溶かしていく。



 「 ん…っ、」



 頭の中では 駄目と思うのに、
 身体は 彼の呼吸を 体温を 音を 求めてしまう。

 結局 彼を求めるのは 自分の本能。
 そういう身体に仕向けたのは 間違いなく 目の前に居る彼。


 いつも負けてばかりで 悔しくて、胸板を強く押し返して 引き離した。




 「 何だよ、いい所だったのに、」

 「 よくねぇだ! 」

 「 何でだよ。
   こうされると思ったんじゃねぇの? 」

 「 …違う、おらは た…ただ、キス…されると、思って、」




 羞恥心に 押し潰されそうになる。


 目の前に居る 彼は 得意げに笑って見せていて、
 その笑顔が 何より憎くて でも大好きで、本当に馬鹿だと 自分でも思う。




 「 キスは ベッドに来たらしてやるよ。」

 「 …絶対ぇ 行かねぇだ。」




 絶対に 嫌。


 あの翡翠色の瞳に 射抜かれて、
 あの体温で 心も身体も思考さえも 奪って、
 あの笑顔で 全てを 包み込まれるなんて 真っ平ごめんだ。


 と思うのに、心はそれを求めているかの様に ときめいてしまう。



 優しい笑顔で 振り返っては
 思い出したように 私の額に 一つ触れるだけの口付け。


 嗚呼、触れられた所が熱い。




 「 来なくても 待ってるから。」




 呟く 彼の顔は 見えなかった。
 背を向け、寝室へと去っていく彼の広い背中。


 残された 彼の体温が ジリジリと熱を持って 疼く。



 やっぱり、貴方には 負ける。




 「 かっこつけ過ぎだべ、馬鹿。」




 今日だけ、
 今日だけは 彼の甘い罠に 捕まってあげる。

 全身を 貴方の体温で 溶かされてあげる。



 だって、貴方の笑顔には 到底 勝てないんだから。





 胸の高鳴りを 必死に押し殺しながら、
 甘い罠に 掛かるべく シャワーを浴びに行くのだった。











 この 扉を開ければ、
 彼の全身に 全てを溶かされる。


 ねぇ、どうせなら 貴方の罠に負けた私を忘れられる程、溶かしてよ。



 貴方に触れるまで、あと僅か。







貴方に触れるまで あと数センチ
〜 触れそうで 触れない距離を保つ 貴方は 私を焦らして 溶かす 〜






2018.02.14






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