― Cunning person ―










 貴方は 本当に狡い人。


 私の手が届かない処に逝ってから、
 あの晩の意味を 思い知らせるなんて、












 自分の上に居るのは、
 仮面を剥いだ 自分の前でしか見せる事のない 男の顔。


 翡翠色をした瞳は 凍てつく程の鋭い瞳で チチの身体を射貫き
 黄金色をした髪色は 月明かりに反射し 一つ動作をすれば風に揺られ 煌びやかに輝き、
 身体中からは 大人の色気とも云える 鍛え上げた筋肉が 覗く。


 彼の 一つ一つの事に 一々 ときめきを隠せない。
 その御蔭で 耳まで真っ赤に染め上げながら 必死に彼に抵抗をして見せる。



 「 …っ、ちょ…待っ、」

 「 待てねぇ。」



 必死の抵抗も虚しく、
 悟空に言葉で静止を掛けたものの、云い終わる前の即答。

 成す術が無い、とは こう云ったものなのだろうか?



 「 …ちょ、っと…、もう無理だべっ、」

 「 オラだって無理だ。
   こう成ったら 自制心も理性もねぇんだよ。」



 そう云っては、翡翠色の瞳を薄ら閉じては 顔を近づけてきて、
 避ける隙は愚か、呼吸さえも与えてくれない 深く激しい 口付けの嵐。


 嗚呼、酔い痴れる。


 何度も角度を変えては 食べられてしまうのでは と思える程 吸い付いて離さない口付けに 身を必死に捩るチチ。



 「 …ん、悟空…さ、」



 余りにも深い口付けに 酸素すら与えて貰えず、
 彼に救いを求めては 必死に名前を呼びかけるものの、彼の舌が滑り込んできては 口内を犯す。

 呼吸を吐く暇すらない 激しい口付けは 意識を朦朧とさせ 既に頭の中は 真っ白。


 それを知ってか知らずか、
 やっと 唇を離され、肺に思い切り酸素を吸い込んだ。



 「 ん、…はぁ、悟空さ?」

 「 何だよ。」

 「 最近、おかしいだよ。
   こんな無理矢理…。悟空さらしくねぇだ。」



 彼らしくない。
 正にそうなのだ。

 あれ程 云っても辞めなかった修行を差し置いて、
 何故 息子を神殿に置いてきたのかと思えば 淫らな事を 何度もして 今日の朝から今に至るまで 何度 肌を重ねたか 分からない程だ。


 求められる事は 妻として 女として 素直に嬉しかった。


 でも、何かが違う。
 いつもみたいな余裕さは 全く持って無。
 彼はまるで 何かに焦っているようにも 思えた。



 「 んな事ねぇよ。
   これが今のオラだ。」



 低く声を響かせる彼は、不敵な笑みを浮かべ、
 今まで 自分の中に居た彼は 再び 突き上げるように腰を揺らす。

 こうなってしまえば、いつもは恥ずかしくて 見詰める事なんて出来なかった。
 でも 今は彼を見ていなきゃ いけない気がしたんだ。



 「 チチ。」

 「 …ん、な…に? 」

 「 あんま こっち見んなよ。」



 そう、彼は笑った。

 切なそうに、寂しそうに、
 翡翠色の瞳は 潤んでもいないのに 何故だか 泣いているようにも見えて、
 自分の中で 揺れ動く彼が 僅かに震えているかのようにも 思えてしまった。



 ねぇ、何で そんな風に 笑うの?
 貴方は 何をそんなに 泣きたいの?



 聞きたくて、
 でも 答えを知りたくなくて、
 彼に何かを問う事なんて 出来る筈もなかった。



 「 悟空さ、…好きっ、」



 問う事が出来ない代わりに
 彼の逞しい首に腕絡め しがみ付き 必死に愛の言葉を届ける。


 一瞬 驚いた表情を浮かべる彼は 先程と同じ様な笑みを浮かべて、



 「 オラもチチが大好きだ。」



 優しい声で、
 そっと 囁く様に 告げられた言葉。

 こんなにも 胸に響いて 温かな愛情に包まれる感覚に、胸がチクリッと痛む。



 「 チチ、名前…呼んで、」

 「 …えっ? 」

 「 オラの名前、呼べ。」

 「 ……悟空、さっ? 」



 名前を呼んで、なんて云われたのは 初めてで正直 驚いた。

 でも 余りにも 泣いてしまいそうな彼に、
 一つ名前を 呼べば、僅かだけど 泣きそうな表情は穏やかになり、微笑むんだ。



 「 …なぁ、もっと。」

 「 悟空さ、」

 「 足りねぇ。」

 「 悟空さ、悟空さっ、悟…空、さぁっ、」



 何故だか、分からなかった。
 理由なんて 分からないのに、彼の名前を呼ぶ度に 涙が一つ、また一つと零れ落ちて、頬を濡らしていく。


 貴方が 恋しかったのかな?
 それとも 貴方が求めてくれたのが嬉しかったからかな?



 「 泣くなよ、チチ。」



 頬を濡らす雫を 舌でペロリッと舐め取っては 切なく笑った彼。


 視界が涙でぼやけて 見えなかった。

 貴方の顔が 上手く見えなくて、
 涙でぼやけた貴方が 一つ 涙を流しているように見えたんだ。












 「 悟空さには、おらの姿、見えてるだか?」



 勿論、返答はない。
 だって 彼は もう この世には存在しないのだから。


 空の遥か彼方の星になった貴方に 届けば それでいい。



 「 あの時、おらだけが泣いたんじゃねぇだよ。
   悟空さが あまりにも泣きそうだったから 代わりに泣いてやったんだべ。」



 そして、もう一つ、



 「 おらが 泣いたのは、
   おめぇさが どっか行っちまいそうで あんなに近くで触れ合ってただに、
   おめぇを遠くに感じちまって、怖かっただよ。」



 あの貴方が、泣きそうだったから
 代わりに 貴方の分も泣いてあげたけど、

 本当は 怖くて あの笑顔で微笑まれる度、どんどん遠くに行ってしまう気がして、
 名前を呼べば呼ぶほど、貴方を感じられなくなって、頭で理解する前に本能で泣いたんだ。


 きっと 分かっていたんだよ。
 貴方も、そして私も、全て分かっていた。



 貴方は、今回行われた セルゲームで命を落とす事。
 そして私は、取り残されて、立ち直れず 身を投げ出してしまう事。

 きっと 貴方がこんな贈り物をしてこなければ、身を捨てたかもしれない。



 「 悟空さは、本当に狡い人だべな。」



 心底 溜息を吐きながら、心底 精一杯の笑顔を 空に向けた。



 「 悟空さったら、
   死んじまった後に あの夜の想いを告げるなんて、本当に狡い人。」



 笑顔を浮かべながら、そっと涙する。

 哀しみではない。
 寧ろ 喜びである涙だ。



 「 悟空さみたいに 狡賢い人になるでねぇぞ、悟天ちゃん? 」



 彼が、あの晩に 残した、たった一つの贈り物。
 それは この身に宿してくれた 小さな 小さな 命。


 貴方が 残してくれた たった一つのものを、この手で 守ってみせるよ。












 残された 数日間の晩。


 貴方は 一人で抱え込んで
 何もかも 一人で背負いこんで

 何の相談もなしに 最後の最後まで 自由奔放な意思を貫き通して、



 本当に、狡い人。


 そんな狡い貴方に、私は未だに恋をしている。









Cunning person
〜 どんなに自由奔放で 狡い人でも 私は貴方に恋し続ける 〜





2015.11.23 UP




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