校内には午前の授業を終える鐘の音が響き渡る

午後12時半 夕季は自分の教室に居た

教科書をいそいそと片付け、弁当箱を取り出す

「暮井さ〜ん」

聞きなれた高い声が、背後から聞こえて、振り返る

そこにはいつもの6人がいた

「今日はお弁当なの?」

「うん 朝作ってきたんだ」

「私たちホールなんだけれど、ちょっと用事があって〜」

「悪いんだけど、暮井さん注文して、席へ運んでおいてくれないかしら?」

「あぁ・・・いい」

夕季が頼みを引き受けようとしたときだった

「きゃぁぁ!! 見て!!」

6人のうちの1人が窓から下を覗いて、指を指している

一斉に窓に駆け寄る他の5人 夕季も何となく覗き込んだ

「あれは!! 3年の・・・」

「天希晴さんよ!!」

「3学年で一番カッコいいっていう!?」

6人がきゃぁきゃぁとはしゃいでいる中、夕季はじっと、騒ぎの元凶である青年を見つめる

「晴・・・先輩・・・?」

それは間違いなく、昨日、家まで送ってくれた晴だった

どこへ向かっているのかは不明だが、彼の周りには他にも女子たちがいる

先輩も同級生も後輩も みなが晴を見ては、はしゃいでいた

顔が整っているなぁとは初対面で思ったけど・・・

「ここまで有名人だとは知らなかった」

夕季は窓枠に顎を乗せて、ぽつりと呟く

「ちょっと暮井さん」

また背後から聞きなれた声で呼ばれ、ゆっくりと振り返ると

「私たち、やっぱり庭で食べることにしたから、ホールの席取りはいいわ」

「また今度よろしくね」

6人はそう言って、どこから取り出してきたのか、弁当を持って、ちゃっかり教室から出て行く準備をしていた

「あ、うん いってらっしゃい」

夕季は2、3度頷き、手を振りながら6人を見送ったのだった


「ふはぁ・・・終わった・・・」

夕季は、オレンジ色に染まる教室の中、机に突っ伏して溜め息を漏らした

黒板上の時計は既に6時を回っている


昼休み終了後、例の6人はホクホクした笑顔で、教室に戻ってきた

『おかえり どうしたの?』

『天希さんがサッカーしている姿を見ながら、昼食を摂ってきたのよ』

『はぁ・・・本当にカッコいいわ・・・』

全員がうっとりと天井を見つめて、夢心地に話す

『ふぅ〜ん』

夕季はその様子を見ながら、首を傾げて相槌を打った

そして放課後

夕季が教室で自主勉強をしていたとき、突然前側の扉が勢いよく開いた

ビクリと体を震わせ、慌てて顔を上げると、そこにはクラス担任が

「おっ暮井 新宮と和多麻を知らないか?」

新宮莉子と和多麻玲奈 夕季にやたらと話しかけてくる6人組のメンバーだ

「2人ならもう帰りましたけど・・・」

「帰った? そうか・・・あの2人今日中に委員会の報告書をまとめとけって言ったのだが・・・」

「学級委員の報告書・・・ですか?」

「あぁ 今日提出らしいんだ」

顎髭をかきながら担任教師が眉を顰める

夕季は瞬きを数回した後、首を傾げて

「それなら、私がやりましょうか?」

と、真顔で言った

「えっ? お前が?」

「はい よく学級委員の仕事手伝ってるんで、書けると思いますけど・・・」

「おぉそうか!! 助かった!! 頼むよ、暮井」

教師はそう言って、夕季に10枚ほどの紙束を渡した

ずっしりと重いその束に、思わず夕季が「うわっと」と声を上げる

「何時になってもかまわないから、とにかく今日中に終わらせてくれ 頼んだ」

そういい残すと、教師は嵐のように去っていった

まるで「自分は一切手伝わない」と言っているかのように・・・

夕暮れの教室に1人ポツンと残された夕季は、重たい紙束を抱えなおして、再度机に向かったのだった


纏めた報告書の束を、突っ伏した状態で眺めて、また溜め息を溢す

後は、これを職員室へ持って行くだけ

夕季は「よし」と気合を入れなおして、椅子から立ち上がる

重たい紙束を抱えて、廊下を歩き始めた

     が・・・・・・・・・・

ドンッ!!

「うわぁっ!!」

「あっ!! 急いでるんだ、ごめん!!」

教室を出た直後に、体に走った振動

気付いた時には、廊下の壁に背中をぶつけて、座り込んでいた

何が起こったのか、瞬時に理解できずに、瞬きを繰り返す夕季

ゆっくりと下を見ると・・・

「・・・あ〜あ・・・」

紙束はものの見事に散らばり、その数枚はぐちゃぐちゃになっていた

誰か分からないが、急いで走っていた人とぶつかったらしい

「・・・薄々、気付いてはいたんだけどなぁ・・・」

自分の不幸体質的に と夕季は付け足す

紙が破れていないのが幸い、夕季は散らばった報告書を集め始めた

「こんなことだろうと、紙の上に番号を打っていて正解だよ」

一枚一枚拾い集めて、番号順に並べていく

そんな廊下に座り込む夕季に、突如影が落ちた

明確な視界の色彩変化に、夕季は慌てて振り返る

と、そこには・・・


「やっぱりあんたか 今度は何ドジしたの?」


制服姿の晴が立っていた

「あ・・・先輩・・・」

言葉が出てこず、呆然と晴を見上げる夕季

晴はフッと小さく笑うと、夕季の横にしゃがみこんだ

「廊下に座って、紙集め?」

「・・・はい 報告書を、人とぶつかって落としてしまったので・・・」

「やっぱりあんた、不運だねぇ」

「こんなことだろうとは思っていたんですよ」

苦笑いを浮かべながら、夕季は最後の紙を拾い上げる

また小さな掛け声と共に、紙の束を抱えて立ち上がった

のだが・・・

急に、紙束を乗せていた腕が軽くなる

さっそく落としたのかと焦り、慌てて地面に視線を向ける夕季

だが、自分の足元には紙きれなど一切散らばってはいない

それを確認したとほぼ同時に、耳に入ってきた言葉

「これ、職員室?」

声のするほうを見上げると、晴が平然とした顔で夕季を見下ろしていた

彼の手には報告書の束

「えっ!?まぁ、そうですけど・・・ いや、私持ちますよ」

「だーめ!!」

報告書を取りにいった夕季の腕を、スルリとかわして晴は夕季に目線を合わせる

「あんたに持たせたら、次はどうなるか分からないでしょ?」

「俺が持ってたほうが安心」と言いながら、さっさと歩き出す晴

唖然として突っ立っている夕季 

確かに、次は水場にでも落としそうだけども・・・

そんな夕季を振り返って、晴はまた小さく笑った

「ほら行くよ 運ぶのは俺でも、渡すのはあんたなんだから」

その言葉にはっとしたように、一瞬目を見開くと、小走りで晴の元へと急いだ


気付けば、晴の腕で光る時計の短針は7の数字を示していた

もうすぐ冬だというこの季節 外はもちろん真っ暗である

「運んでくれて、ありがとうございました」

夕季は廊下を歩きながら、晴にペコリと頭を下げる

対する晴は伸びをしながら「いいっていいって」と笑っていた

「っていうかもう7時だね 送るよ」

「いやいやいや、昨日も送ってもらってますし・・・」

「昨日より状況悪いでしょ?」

そう言いながら、晴は真っ暗な窓の外を指差す

「うぅ・・・」と言い留まる夕季

「俺は男なんだから、頼りなよ」

更に縮こまって言葉を濁す夕季だったが

「・・・お願いします」

と晴を見上げながら、小さく呟いた

晴はその様子を見て、いつものように小さく笑うと、夕季の頭をポンポンと撫でた

「何か助けられてばかりですね 私・・・」

頭を撫でられながら、夕季は言葉を溢す

「そうかな?」

「昨日も散々ご迷惑を・・・」

相変わらず乗せられたままの手に、夕季の頬は徐々に赤く染まってゆく

が、考えるように上を見上げている晴は気付いていない模様

「何かお礼したいなぁ〜」

夕季が小さく呟くと、晴の視線が夕季に戻ってきた

「別に気にしなくていいよ」

「私が気にします!!」

少々必死な様子の夕季 そこで、晴はようやく手を夕季の頭から離した

ホッと安心したような、残念なような、よく分からない感情が夕季の心の中で渦を巻く

その気持ちを表に出さないように、わざと大きな声を出した

「先輩、お菓子とか好きですか?」

「お菓子? 俺、食べ物は何でも好きだけど?」

「本当に? それじゃあ、今度お菓子持ってきますね」

「もしかして、作ってくれるの?」

「お望みなら 買っても作ってもどっちでもいいですよ」

夕季は顔を綻ばせながら、晴の答えを待つ

「・・・じゃあ、作ってよ 甘いやつ」

「了解です!!」

夕季は敬礼のポーズを取って、嬉しそうに笑った

「大丈夫? 手切ったりしない?」

「大丈夫です!! 料理作りはヘマしないんです!!」

「作りだけね? 運ぶとアウトなんだ」

「それは・・・!! そうですけど・・・」

語尾を濁して、そっぽを向く夕季に、晴は声を上げて笑う

「学校持ってくるまでに、落としたりしないでね?」

「が・・・頑張ります!!」

「落としません!!」とは断言できない夕季であった

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