ピリピリと痛む足

私は放課後、麻梨と一緒に校内の和室に居た

理由は単純 クラブ活動だ

私も麻梨も茶道部に所属している

私に関してはみんな「似合う!!」「お嬢様っぽい!!」と評価してくれるのだが・・・

麻梨に関してみんなは「何で茶道!?」「麻梨っぽくない!!」と散々言っている

ちなみに現在進行形 今日もクラブに来る前にクラスの友達に言われていた

実を言うと私も麻梨も前から茶道を習っていた もちろん自主的に習い事として

私は中2の終わりからだけど、麻梨は小2からずっと習っている

つまり、茶道歴としては私より麻梨のほうが上なのだ

今どき茶道を習っている学生なんて少ないから、入学してすぐに勧誘が来た

どこからその情報を入手したのかは不明

私は前から茶道部に入るつもりだったけど、麻梨が入ると言ったときには驚いた

てっきり麻梨は空手部に入るものだと思い込んでいたから

麻梨は空手も習っていた それも小1の始めから中3の終わりまでずっと

だから、そこらにいる気弱な男子なんかよりよっぽど男らしくて頼りになる

中学校のとき、友達にしつこく言い寄ってくる気持ち悪い男子を、思い切り投げ飛ばしたときは全員が凍りついた

今でも忘れられない

そりゃ、そんな人が茶道部に入ってたら皆驚くよね

私は心の中で何度も頷く

茶道に関しては先輩である麻梨だが・・・

「いったぁぁぁぁい〜〜〜!!」

どうやら正座だけは、すこぶる苦手のようだ

実際、私も今結構足が痛いのだが・・・きっとこのお手前が終わるころには治っているだろう

お釜から立ち上る湯気が、肌寒い私の体を温めていた


5時にクラブが終了

私は下駄箱で麻梨を待っていた

肝心の麻梨はと言うと

『ぎゃぁぁぁ!! 先生!! お願い帰らせて〜〜!!』

『だめ!! 帰りたいなら逆上がりのテスト合格してからにしろ!!』

『先生!! 可愛い可愛い”私の未結”が私のこと待ってくれてるんだよ〜〜!!』

『・・・私は麻梨の物じゃない』

『悪いが倉岡、永中のこと待っててやってくれ 30分以内には戻ってくるから』

『分かりました』

『いやぁぁぁ!! 未結と帰るのーーーー!!!』

と叫びながら、無理やり先生に連行されて行った

・・・麻梨は空手以外の運動は基本できない人だ

まぁ、私は麻梨よりも遥かに運動能力が低いのだが

約束の時間まであと10分

携帯があってよかった 

携帯がなかったら、30分間ただ立っているだけだっただろう

下駄箱にもたれ掛かり、今年買ってもらったスマートフォンを人差し指で操作する

その時、私の携帯からメール通知音が流れた

慌てて、メールフォルダを開くと・・・

『小畑優眞』

差出人にはこう書かれていた

「嘘っ!?」

思わず声を上げてしまい、慌てて辺りを確認する

どうやら誰も居ないようだ ホッと一息

ドキドキする胸を押えつつ、メールを開いた

『まだ学校に居る?』

たった6文字と記号1文字の短い文章

それでも、私を舞い上がらせるには充分だった

『まだ下駄箱に居るよ どうかしたの?』

なるべく待たせないように、素早く返事を打つ

返信ボタンを押して、メールが送信されたのを確認すると、また胸が高鳴ってきた

私に、何の用があるんだろう・・・

向こうも待ち構えていたのか、すぐに返事の振動が手に伝わる

『母さんに渡してほしいって頼まれたものがあるから 今から渡しに行く』

“渡しに行く”

来るの!? ここに!?

私は無意識のうちに、下駄箱から体を起こし、長い髪を手で梳かした

鏡が無いのが、残念すぎる


彼はすぐにきた

「倉丘さん!」

名前を呼ばれた私は、声のするほうへ素早く視線を移す
―――彼が立っていた

「優眞君・・・」

私の幼馴染 生まれたときから近所に住んでる男の子

――私の好きな人

彼はリュックに手を入れながら、私に歩み寄ってきた

「まだ居てよかった」

少しはにかむ姿を見ただけでも、私の視線は泳いでしまう

この場から逃げ出したい衝動に駆られた

『頑張るんだよ?』

今朝の麻梨の言葉を思い出し、逃げ出したい気持ちを心の奥深くへと押し込めた

「渡すものって?」

私も2、3歩、彼に歩み寄る

これが私の精一杯

あと一歩でも多く足を踏み出そうとしていたら、その足は迷わず、彼と逆方向へ踏み出していただろう

「はい、これ お母さんに渡しておいて」

そう言って手渡されたのは薄紅色の大人っぽい紙袋

中身は容易に判断がついた

お母さんが、化粧品会社に勤めている優眞君のお母さんに頼んだ、化粧品類だろう

私のお母さんはけっこう大量に買う人なので、ポストには入りきらないのだ

だからこうして毎回、優眞君が私に託けて、私がお母さんに渡している

今の私にとって、優眞君と接せる唯一の機会だから、ポストに入りきらないくらい頼むお母さんには感謝している

「ありがとう いつもごめんね」

私は紙袋を受け取りながら苦笑いを浮かべた

優眞君は首を振って「全然」と答える

「誰か待ってるの?」

「あ、うん 麻梨を待ってるの」

「・・・? ・・・あぁ、永中さんか 仲いいもんね」

「幼稚園から一緒の幼馴染だから」

「それを言ったら、俺らは幼稚園こそ違うけど、生まれたときから一緒の幼馴染だよ」

キュンとした

優眞君に幼馴染って言って貰えたことに、小さな嬉しさを感じた

その小さな嬉しさを奥歯で噛み締めながら、でも表情は嬉しさからか綻んでしまう

「そうだね 懐かしいな〜 本当に小さいときから遊んでたもんね」

「家の周りを走り回ってたね 近所に他に子供いなかったし」

「優眞君がいっつも追いかける側なんだよね」

「そういえばそうだった」

「『未結ちゃん待って〜』っていつも後ろから聞こえてた」

「俺、倉丘さんのこと、そんな風に呼んでた!?」

「呼んでたよ いつの間にか倉丘さんに変わっちゃってたけど」

実は、それがちょっと淋しかったりもする

優眞君は女子みんなのことを、苗字+さんで呼ぶ

もちろん、私も例外じゃない

だから、誰も私たちが幼馴染だって気付かないんだ

それが悲しかったりする 

「いつの間に変えちゃってたんだろう・・・」

どうやら本人は気にもしていなかったようだ

「じゃあ、倉丘さんは俺のこと何て呼んでた?」

それは・・・

「”優眞君” 今と変わらないよ」

昔から、その呼び名で呼んでいた

周りの人は「小畑っち」「おばっち」「おばたー」と呼んでいるけど、名前呼びなのは多分私だけ

ちょっとだけ、私と優眞君は特別なんだって誰かに知ってもらいたくて

とはいっても、いざとなったら恥ずかしくて呼べなくなってしまうけど

「うわぁ、何か俺だけ変えちゃってる ごめん」

「何で謝るの? 別にいいよ」



本当は謝ってほしい 特別な名前で呼んで欲しい

「未結ちゃん」じゃなくていい 他の子とは違うんだってことを、少しでも分からせて欲しい

なんて欲望が一瞬で頭の中を乱反射するものだから、私はどうしたらいいのか分からなくなった

「何か、幼馴染なのに苗字呼びっておかしいよね」

「・・・・・・・そう? ・・・まぁ・・・」

「何か呼んで欲しい愛称とかある?」

「えっ!?」

呼んでくれるの? 

えっ・・・でも自分で言うの恥ずかしい・・・

するとその時

「未結――――――!!!」

バカでかい声と、走り来る足音が聞こえた

誰が来ているのか容易に想像がつく

「未結!! 逆上がりのテスト終わったよ・・・って、あれぇ!!!?」

下駄箱へ走ってきた麻梨は、私と優眞くんの組み合わせを見て、目をパチクリさせる

そして、全てを理解した麻梨の顔から血の気が引いていった

「ぎゃぁぁぁ!! ごめんごめんごめん!! お邪魔しましたぁぁ!!」

そう言って、猛スピードでUターンしようとする麻梨の腕を思い切り引っ張って、止める

「お邪魔じゃない!!」

正直、これ以上2人で居るのは厳しい

ましてや、「呼んで欲しい愛称ある?」なんて聞かれた状態での2人きりは非常に気まずい

「えっ!? でも・・・」

「いいの!!」

私は麻梨を引きずって、優眞君の下へと戻る

優眞君は麻梨の台風のような出現に、苦笑い

「お願い いつもみたいに、明るくしていて」

私が麻梨の耳元で小さく呟く

それを聞いた麻梨は首ではなく、目で頷いて見せた

「あはは・・・バカな奴がいきなり来ちゃってごめん」

私は苦笑いしながら優眞君に謝る

「ごめんごめん バカな奴が来ちゃって」

麻梨もいつものような明るさで優眞君に謝っていた

優眞くんが目を見開く そして苦笑い

「ううん いいよ」

私は、優眞君の苦笑いの理由を知っている


「じゃあ、俺もそろそろ帰るよ」

玄関の外へと方向転換した優眞君は、またはにかんでくれた

「うん・・・」

もうちょっと一緒に居たいのは山々だけど、ここは我慢

「あ、そうだ」

優眞君が私のほうに振り返る

「愛称、なんか決まったら教えて」

さっきの話の続き 私は思い出して、思わず顔を赤くしてしまいそうになる

「うん 何か決めておく」

私は何度も頷いた

どうか、顔が赤くなっていることが気付かれませんように

夕日のせいだと、勘違いしてくれていますように

「それじゃあ、バイバイ」

「バイバイ」

優眞君が右手を軽く振るので、私も右手を軽く振った

「小畑っちバイバ〜イ」

麻梨もいつもの元気一杯の笑顔を浮かべながら、大きく右手を振る

優眞君は、それを見てまた驚くと、笑って麻梨にも手を振った

優眞君は気付いているのだろうか

その笑顔は、眉が下がった笑顔だってことに

優眞君の背中が見えなくなってから、麻梨が下駄箱から靴を取り出す

「さ〜って あたしたちも帰ろうよ、未結♪」

語尾に♪をつける上機嫌で、笑顔を浮かべる麻梨

私は、優眞君の苦笑いの原因を知っている

「うん」

元気に手を振りながら下駄箱から出て行く麻梨の後ろ姿を見つめる

彼の苦笑いの原因 それは――



4年前、麻梨の告白を断ったから

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