目の前には、口の端から涎を垂らした万理がすやすやと眠っている。
 いつもは万理がの方が俺よりも早く起きている。万理がの寝顔を見るのは久しぶりだった。よく見ると、ポツポツと髭が生えている。
 綺麗な顔には似合わないその存在がたまらなくて、指先を滑らせ掌で撫でた。
 気持ち良さそうに万理が微笑んで、俺の手に頬をすり寄せてくる。
 じょりじょりと触っていると、万理が目を開いた。

「……っ!!」

 焦った様に目を開いた万理が、口元を手で隠す。

「おはよう万理。髭生えてる万理、久々に見た」
「あああああ、違うんだ。いつもは秋吉よりも早く起きてーー」

 万理は早口で捲したてて顔を背ける。顔を俺の方へ向けたくて手を伸ばすが、限界まで首を捻るものだから諦めた。

「……ちょっと、剃ってきてもいい?」
「そのままでいいよ」
「俺が嫌なんだよ! こんなだらしないとこみられたくない」

 万理がベッドから降りる。覚醒していないのか、ふらふらしながら洗面所に歩いて行った。
 ……剃ってるところ見てみたいな。
 俺も洗面所へ向かった。

 音を立てずに洗面所の入り口に立つ。
 万理の口元は泡だらけで、顔を顰めながら懸命に刃を滑らせていた。

「っ!? なんで見てるんだよ!」
「うわっ」

 俺の気配に気づいた万理が、泡を飛ばして来る。

「そんな隠さなくてもいいだろ〜。男なら誰でも髭生えるんだし」
「そういう問題じゃないんだよ。普段きちんと整えてる分、秋吉にみっともない顔を晒したくないんだ」

 剃り終わった部分を洗い流していく。

「気の抜けた万理も、好きなんだけどなぁ」
「うっ……、でも恥ずかしいから……」

 万理は俺の落ち込む姿に弱い。
 意識しながら言うと、案の定申し訳なさそうに眉を下げる。
 俺が腕を広げると、迷いなく万理が抱きついてきた。

「休みの日くらいは、なにも飾ってない素の万理を俺に見せてよ」
「〜〜っ、……考えておく」

 次の休日から、俺の横にはまだ眠る万理がいた。
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