北一の合宿が始まって三日目。
 昨日まではグループごとで大部屋に寝ていた。それがなんと贅沢なことに、一人ひとりに個室が与えられることになった。
 国見に割り当てられた部屋は、一番端だ。ドアを開けて右を向けばすぐ壁である。そのため体育館や共有スペースから自分の部屋に戻るときは、皆の部屋の前を通ることになる。

 夜中に目が覚めた。時計を確認すると、深夜の一時半。寝る前に缶ジュースを飲んだのがいけなかった。
 開かない目をそのままにして、トイレに向かう。
 その帰りだ。あと少しで自分の部屋だという時に気づいた。国見の部屋より2つ手前のドアが僅かに開いている。影山の部屋だ。ここから光が漏れている。
 深夜一時半にもなって電気がついているということは、本を読みながら寝てしまったのだろう。
 自宅でも学校でもないが、つけっぱなしを勿体無く思えた。消しておいてやろうと、ドアに手をかけた瞬間、小さくだが、甲高い声が聞こえた。一瞬だったが、あれはタンスの角に小指をぶつけた時に出る声でないのは確かだ。それに、影山からは出ないような声。
 アダルトビデオでも流しながら寝落ちしたのか。と勝手に呆れながら、気分が悪くなりながら国見はドアを静かに開けた。
「おい、影や……っ!」
 国見は声を飲み込んだ。
 スピーカー越しではなくて、いまここで、生音でベッドの軋む音が聞こえた。同時に、途切れ途切れの吐息が洩れている。体育館で影山がバテた時によく聞く声だ。
 ――オナニー中かよ。
 この場を去るという気遣いよりも好奇心が勝り、国見は気づかれないようにギリギリ自分の姿が見えない位置まで足を進めた。
 ――え。
 ――秋吉さん……?
 ショッキングな光景だった。ベッドの上には、オナニーや腹筋をしているなんてオチはなく、ほぼ裸同然の二人の男――秋吉と影山――が縺れ合っていた。
 影山に覆い被さり、妖しい動きをしている背中には、秋吉だという確信があった。
 何をしているかは、息遣いと動きと音ですぐにわかった。
 身体を動かすたびに、シーツの擦れる音が大きく広がる。二人の息遣いが、廊下にまで響き渡っていないか不安になった。
 突然、猛烈に怒りが込み上がってきた。秋吉は国見の初恋の人で、恋心も現在進行中だ。思い切って告白しようか悩んでいる間に、秋吉は及川と交際を始めたのだ。
 敏い人であれば、一発でわかるくらいに四六時中ずっと一緒にいたし、二人同時に部活遅れたり欠席していた時期もあった。
 今はそれほど頻繁ではなくなったが、相変わらずのラブラブっぷりだ。見たくもないキスシーンを見てしまった時は、殺意が芽生えたと同時に、どうしたら及川の位置を奪えるのか必死で頭を回した。
 そんな秋吉がなぜ、影山とセックスなんてしているのか不思議でならない。
 「浮気」という言葉が真っ先に浮かぶ。及川に飽きて影山に手を出したのかと、国見は首を捻った。どうせだったら、いや、奇跡が起きて自分を選んでほしかった。
 ショックで、今すぐここから逃げ出したい。けれど、性的接触で興奮している秋吉を初めて目にするものだから、二人の行為に目が釘付けになり足が動かない。
 秋吉の手が影山の胸を撫でる。ここからでもよく見える、赤くぷっくりとした突起。それを摘むと影山の身体は大袈裟に跳ねた。片方には舌が伸びる。わざとなのか時折、突起を掠めながら焦らすように乳暈を舐めた。啄み吸い上げると、影山は快感に涙を流す。
 唇を肌に密着させたまま、秋吉の顔が徐々に下がっていく。へそに寄り道をして、舌で穿り弄んだ。
 ぴんと勃ち上がったペニスに、秋吉が小さくキスをする。
「飛雄の可愛いちんちんが、涎垂らしてるよ」
「――っ、そういうこと言うの、……やめてください嵯峨さんッ」
 蜜が溢れ出る窪みを舌で弄られながら、影山が抵抗する。
 秋吉に卑猥な言葉でイジメてもらっているのに、拒否する影山が憎い。
 ――羨ましい。
 ――ありがたいと思えよ。
 国見が鬱々としている間にも、秋吉は口淫で攻め立てていた。ちゅるちゅるじゅぽじゅぽと淫らな音を出す。気づけば、国見は下着の中に手を突っ込んで、一心不乱に扱いていた。
 ――止まんね……。
 自分の右手の感触が今すぐにでも、秋吉の咥内と連動したらいいのに。
 羨ましい。羨ましい。影山ムカつく。
 影山の両足が持ち上げられて、後ろが丸見えになった。現れた窄まりにべろんと舌を這わせて、ぴちゃぴちゃと唾液を広げながら染み込ませていく。
「嵯峨さ……、あっ、ダメです――そこッ」
 小声に訴えるも、秋吉はやめようとしない。やがて指を挿れてぐちゃぐちゃに掻き回しはじめた。持ち上げられた影山の足が、痙攣してから爪先がピンと伸びる。
「今、出さないでイッたでしょ。後ろすっごく締まったよ」
「うぁ……」
 射精しないでイクという現象が、国見にはわからない。秋吉のテクニックだからこそ、独特なイキ方ができるのかと疑問に思った。
 上体を起こして体勢を整えた秋吉は、とうとう自らの怒漲を取り出して目の前の穴に挿入した。欲望のままに腰を振る秋吉の姿に、国見の手が速さを増す。
 粘っこく巧みな腰使いで影山を突き上げる秋吉を、ぼうっと眺めながら自分のものを扱き続けると、次第に絶頂が近づいてきた。秋吉の表情も切羽詰まってきている。
 ――一緒にイきたいッ。
「あ、っ……出る、出すよ飛雄――」
 秋吉は種を奥へ、最奥へ植え付けようと腰を何度も打ち付ける。その様子を放心状態で見つめる国見の掌は、どろどろの精液で汚れていた。
 ――これ、なんとかしないと。
 同級生と好きな人の情事を見ながら、興奮して射精した後ろめたさ。もう誰になんの感情を向けたらいいのかわからない。
 及川に同情したらいいのか、影山に嫉妬したらいいのか、秋吉の不貞行為に腹を立てたらいいのか、好都合と思えばいいのか……。
 素早く影山の処理を済ませたらしく、秋吉が身支度を整える。今動けば確実にバレる。必死で息を殺した――が、直後に無駄だと気づいた。もう、すぐそこに秋吉が立っている。
「くーにーみーくん」
 びくっと反射的に身体が跳ね上がる。恐る恐る秋吉を見上げると、獲物を狩る肉食動物みたいな目で射止められた。
 秋吉がしゃがみ、同じ目線になる。
 みっともない痴態を秋吉に見られたことが恥ずかしくて、目を合わせられない。
「国見くん、身体も顔も真っ赤だよ」
 するりと頬を撫でられる。
 ――秋吉さんの手……さっきヤってたせいか、しっとりしてる。
 今、頬に触れてる手を握りしめたい衝動に駆られた。俯いて、出したままだった下半身を隠す。秋吉が近づいてきたのに気づいて、身体が強張った。途端、指先が頤を引っ掛け、強制的に秋吉と目が合う。直後に唇を食まれた。厚い舌で咥内を蹂躙される。
 影山のいろんな場所を愛撫した舌だが、今は気にならなかった。なにより嬉しい。漏らしそう。死んでもいいかも知れない。
 また勃起してしまいそうになるが、金田一が便秘で苦しんでいる姿を思い浮かべて、なんとか耐えた。
「バレバレだよ。あんなにハアハアしてたら。それに、ここ、弄る音も聞こえてたよ」
 つうっと手の上からペニスがなぞられる。
「うそ……」
 唇を啄まれ、
「ほんと」
 と危うい笑みを見せる。
 ――秋吉さんの声帯を震わせて出てくる、淫猥な言葉で攻められて濡れたい。
 ――秋吉さんの大きくて骨ばった手で遍く愛撫してほしい。
 ――秋吉さんの口で、しとどに溢れた蜜を吸って飲んでほしい……。
 こんなに近くにいるから、いくらも願望が湧いて出る。
 ぽやっと秋吉に見惚れていると、耳元に吐息がかかる程顔を寄せて囁いた。
「徹にはナイショね」
 国見の耳朶をじゅっと吸い上げると、秋吉は影山の部屋を出た。


2014/09/29
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