資産家の家らしいその家には立派な煙突があったけれど、どうやらご多分に漏れずほとんど飾りのようなものであったらしい。今を生きる人々にとって旧態依然とした煙突などは無用の長物であるのだろう。もしくはただのインテリアか。
もうずいぶんと長いこと使っていなかったのであろう煙突は埃だらけだったし、蜘蛛の巣があちこちに巣くっていた。
だから、そこから落ちたサンタクロースが泥棒のように薄汚れていたのは仕方のないことなのだ。
「……でも、僕は泥棒じゃないよ」
エリアスは床にぺたんと座って目の前の少年を見上げた。黒髪の、ごく普通の子供だ。緑の瞳には警戒するような光が瞬いている。
エリアスが足を滑らせた先は繋がった暖炉だった。最悪なことに暖炉の外は子供部屋で、抜け出すなりこの部屋の住民に、つまり彼に見つかってしまったのだ。
年の割に大きい彼に見下ろされると少し怯えてしまう。地味な色のパジャマに包まれた細い体の骨格は流石に子供と言うか未完成なそれだが、背はエリアスよりも高かった。最近の子供は大きいとは聞くけれども、十年と少ししか生きていない彼より背が低いのはなんだか悔しい。
エリアスはサンタクロースだから、当然彼のプロフィールは知っている。ミヒャエルと言う名の十四才の少年は写真よりずっと大人びた表情をしていた。彼こそがエリアスの最後の仕事のターゲットだった。つまり、この家の子供だ。
どう考えてみてもこの仕事は大失敗だった。煙突は薄汚れているくせに妙に滑るし、袋を犠牲にして音を押し殺したのに耳ざとい子供に見つけられてしまった。逃げる暇もなかった。
「ま、こんなとこから入ろうとする泥棒なんて間抜けすぎるし、信じてあげてもいいよ」
「う……」
間抜けといわれてしまってエリアスは内心傷ついた。だって、本来サンタクロースは煙突から入り込むのが礼儀なのだ。最近はそんな家が少ないから、久々にこの家の煙突を見つけて少し嬉しかったのに。
「で、これは何かの悪戯なの?」
「悪戯なんかじゃないよ。僕はサンタなんだから」
「は?」
冷えた声にいささかショックを受ける。しかし、心のどこかでは納得していた。祖父も最近の子供はサンタを信じないのだと嘆いていたものだった。ネットが流通した現代社会では仕方がないのかもしれない。
「君は信じてくれないかもしれないけれど、僕はサンタクロースなんだよ。だから今日、君の家に来たんだ」
まだ見習いではあるけれど、という言葉は言わなかった。あまりに情け無さすぎるので。
いい子にプレゼントを配るのがエリアスの仕事だ。正確に言えば祖父の仕事で、エリアスはその見習いをしている。見習いだから、エリアスの担当はほんの何人かしかいない。そしてこの家が終われば今年の仕事は最後のはずだった。
「サンタだとか訳のわからないこといってるけど、これって不法侵入って言うんじゃない?」
「そ、れは……僕たちの仕事はそういうものだから仕方がないというか……見つかってしまったのが想定外というか」
これに関しては全くもってエリアスの落ち度だ。本来ならば気づかれずにプレゼントを置いていかねばならないというのに、その対象である彼に見つかってしまったのは明らかな失敗だった。重大な減点対象になるだろうなとひとりごちる。
「まあいいや。警察沙汰にはしないからさ、帰ってよ」
冷たい口調で呟かれた言葉に焦る。それでは駄目なのだ。エリアスは仕事をこなさなければならないのに。
「それじゃ困るんだ……。君にはプレゼントをもらってもらわないと」
「プレゼント?」
まさかそれも知らないのだろうか、と不安に思いつつ背負っていた袋を見せる。袋を開いて中身も少しだけ。身にまとった赤い衣装とプレゼントの袋を見てすぐにサンタと思ってもらえたのは昔のことだ。強盗などと思われるのは噴飯ものである。
「ふーん」
プレゼントの袋を見てもミヒャエルは喜ぶどころか軽く鼻を鳴らした。金持ちの子供と言うことはわかってはいたけれど、こうまで冷たい反応をされると落ち込んでしまう。
「別に僕いい子じゃないし、ほしいものとかないから」
「でも、せっかくのクリスマスなのに」
自分の仕事が否定されてしまったようでほんの少し悲しくなる。この家は裕福そうだったから、欲しいものなど何もかも手に入るのかもしれない。あからさまに落ち込んだエリアスをじろじろと見つめていたミヒャエルは何を思ったのか、不意に思わぬことを告げた。
「お風呂に入ってきてよ」
「え?」
「そしたら話聞いてあげるからさ」
言われて自分の姿を見返してみれば、なるほど埃だらけで散々な有り様だった。おまけに煙突の煤であちこち黒く汚れてしまっていて、サンタクロースと言うよりは間抜けな空き巣のようである。そんな低俗なものではないと自分ではわかっているけれども。
「いいの?」
「うん。タオルも貸してあげるし、好きに使ってよ」
「ええと、お邪魔します」
軽く頭を下げると、少年は廊下の奥を指差した。突き当たりを右、と淡々と告げる声に従って歩く。あまり迷惑はかけられない、と自然急ぎ足になる。
だからエリアスは、 ミヒャエルが小さく笑っていたことに気がつかなかった。




本来ならエリアスは長風呂な方だけれども、流石に人の家であまり長時間湯を使うほど分別がないわけではなかった。シャワーを浴びて埃で汚れた髪や体を清め、風呂場を出る。ほうと深くはいた息は白く濁った。用意されていたタオルで体を拭くとやっと人心地ついたような気がする。
さて服はどうするか、と思いつつ服に体を通す。当然ながら畳んでおいた服はそのままだ。軽く埃や煤をはたいてみると少しはましに見えた。下着は汚れていなかったのが救いだ。赤の上下を纏い、最後に帽子を被れば見習いサンタの完成だ。あるべき姿に戻れたことにほっとして、通ってきた道を戻る。ミヒャエルはもう寝ているだろうか。
そっとドアを開けると、彼は読んでいたらしき本から目を上げた。先程から思っていたが、ミヒャエルの部屋は本が多い。勉強熱心な少年なのだろう。なんとなく親近感を覚えた。
「おかえり、遅かったね」
「……うん、ありがとう」
ほんの少し皮肉げな口調にちくんと刺される感覚を覚えたが、エリアスは努めて笑って見せる。迷惑をかけたのは事実なのだ。
「お風呂を使わせてくれてありがとう。なにかお礼がしたいんだけど」
「ふーん。まあ、とりあえず座ってよ」
「うん」
言われた通りにベッドに腰かける。彼のものらしきベッドは柔らかくて寝心地が良さそうだが、少し華奢な作りをしている。腰掛けた目線からだとちょうどいい位置にテレビが見えた。彼の日常を覗いているようなおかしな気分になる。
決まり悪げに腰かけるエリアスをミヒャエルはしばらく見つめていたが、やがてひとつ頷くと隣にかけた。二人分の体重だけベッドが軋む。お互いの吐息がかかりそうなほどに彼の顔が近づいて心臓が小さく跳ねた。よくよく見てみれば、幼さはあるものの彼の顔は涼しげに整っている。
「さっきは煤だらけだったけど、君って割と綺麗な顔してるよね」
「そう……かな」
褒められているというのにあまり喜ぶ気になれないのは、彼が相変わらず真顔なことや淡々とした口調のせいかもしれない。それになにより彼も自分も男だ。綺麗だと言われて喜ぶのもなにか違う気がする。少し頬を染めて俯いたエリアスの唇に暖かなものが触れた。
え、と思う間もなくベッドに押し倒される。いっそ優しい手つきで組みしかれて反応が遅れた。ミヒャエルの体の下で、啄むように角度を変えながら何度も唇を奪われる。目を瞬かせて硬直するエリアスをからかうようにミヒャエルが笑んだ。
「ん、んぅ……!」
少年の指先がエリアスの下着にまで降りてきて、ようやっと彼が何をしようとしているのかに気づいた。血の気が引いた顔を強ばらせて、必死に抵抗する。のし掛かる体重の重さに背筋が凍りつきそうだ。
「こ、子供はこんなことしたらいけません!」
「別に、初めてじゃないし僕」
「な、」
エリアスは目を見開く。エリアスの常識ではこの年の子供はまだそんなことを体験していない方が普通だと言うのに。いつのまに子供たちはそんな風になったのか。
「や、やめて、僕男だよ!」
「わかってるよ」
エリアスを抱きすくめた彼に体重を掛けられてしまえば、抵抗もできないままににベッドに沈み込むしかなかった。服の間に入り込んでくる手に恐怖を感じる。
「やめて、はなし……っん!」
叫ぼうとした唇は彼のそれで塞がれた。発声のために開かれた唇に舌が入り込んできて口腔を犯す。エリアスがあまりのことに固まっている隙を狙って、少年はエリアスの下着に手をかけた。
「ふぁ、ああ……っ!」
ちゅ、と口内を吸われてじわりとした快楽が心臓を跳ねさせる。少年は片手で器用にエリアスの足を抱えあげると、ようやっと唇を放した。唾液が唇と唇の間をつうと伝う。
キスの余韻でぼんやりとした視界に、少年が自らの指先を舐めているのが目に入った。なにをしているのだろう、と他人事のように思っていた思考が急な衝撃に霧散する。
「あ、あ、や、」
彼の白い、長い指がエリアスの中に沈み混んでいく。つぷり、と押し入ってくるその太さに息が止まる。彼の指は細いけれど、エリアスの中へ入り込むには太すぎる。否、そもそもそこは物を入れるところではないのだ。違和感と痛みで吐き気がする。汚いからやめろとまっとうなことを言っても答えてくれる者はいない。
狭い、と不服そうに言った彼は、あろうことか中でぐにぐにと指を動かしはじめた。エリアスの視界は先程から点滅しっぱなしだ。状況が飲み込めなくて、頭がおかしくなりそうで。はしたなく開かされた脚を閉じようとしても、少年の体に遮られてしまう。
「ひ、やぁ…っ!」
ぱちん、と脳が擦りきれるような感覚。体が勝手にがくがくと跳ねた。慌てて逃げようとする腰を少年が押さえ込む。体重を掛けられてしまえば非力なエリアスにはどうしようもない。少年はくつくつと声も立てずに笑む。
「気持ちいいんでしょ?」
「わ、からない、っあぁ!」
「ここ、すっごく弱いみたいだけど」
細く長い指が先程刺激された場所を何度も何度も掠める。足先がぴんと張るほどに強い刺激がそのたびに訪れた。指は時折円を描くように動いて狭いそこを拡げていく。未知の感覚と恐怖に震える歯がかちかちと音をたてた。
「あ、だめ、そこだめ…!」
「だめじゃないでしょ」
「ひゃ、あ、だめ、なんか、きちゃ、ああ……!」
がくがくと大きく身を震わせたエリアスの顔をミヒャエルの舌がじわりと舐める。気持ちよかったでしょう、と彼が揶揄する声も頭に入ってこなかった。白いばかりの天井を見つめて呆と息を吐く。しかし息を整える暇もないまま指の動きが再開して、エリアスは声にならない悲鳴を上げた。
「ひ、あ、あ、あ、はぁ……っ!」
ゆっくりとではあるがミヒャエルの指が徐々に増え始め、エリアスの思考を焼ききっていく。とろとろと先走りをこぼす自身のことを考える余裕などとうになくしていた。少しずつ耳に湿った音が響き始めて羞恥心を煽っていく。
「もういいかな」
ミヒャエルが独り言のように呟いた言葉に薄く目を開くと、彼が自らのズボンを寛げているのが目に入った。少年らしい細い体格に不似合いなほどにいきり立ったそれが存在を主張している。エリアスは息を呑んだ。純粋な恐怖故に。
自分は男なのに、そして彼より年上だというのに、子供に犯されるなどということがあっていいはずがない。なのに、そんな悪夢が今まさに現実になろうとしている。
いやだ、とようやっと出た掠れた声を彼は無視することに決めたようだった。何も受け入れたことのない窄まりに、ゆっくりと彼のものが入り込んでくる。彼の体が少しずつ沈み込んできて、子供用のベッドが軋んだ悲鳴をあげた。
「あ、あ、ぅ、」
「……っ、きっつ……」
少年が舌打ちをする声がどこか遠くで聞こえたような気がしたが、今のエリアスにそれを気にしている余裕などなかった。酷い痛みと熱さで頭がおかしくなりそうなのに、声が思うように出ない。
体の真ん中に燃え滾る鉄の棒を差し込まれているような、そんな感覚。息が苦しくて余裕なく呼吸を繰り返していると、少年はほんの僅かに眉をひそめたようだった。
「もうちょっと緩めてよ、大人なんだから……!」
「な、なに……?痛い……っ」
涙で滲んだ視界で見上げた彼はひどく不満そうにしていたけれど、エリアスにはどうしたらいいのかわからない。そもそも、大人だから、とはどういうことなのだろう。こんなことをされて頭がおかしくなりそうなのに。
「痛い、から、やめて、勝手に入ったのは、悪かったから……」
「ん……もしかして初めてなの?大人なのに? 」
「当たり前、でしょ……僕は人間じゃないんだから……」
いや、そもそも人間も男同士ではこういったことをしないのではなかっただろうか?そもそも性行為というのは男女が子どもを作るためのものであって、子供である彼が自分を押し倒しているのはひどくナンセンスなことなのではないだろうか。そんな風に考えていると、不意に少年が表情を歪めた。緑の円い瞳がほんの少し酷薄に煌めく。
「じゃあ僕が初めてなんだ、おにいさん」
「――っひ!」
揶揄するように言ったかと思うと、彼は勢いよく腰を打ち付けた。少年の薄い体に押し倒された体がしなる。先ほど抉られた部分を彼のものが掠めたのだ、と思った次の瞬間にはまた急所を抉られて目の前が点滅した。痛みばかりが全身を駆けていたはずなのに、そこに脳を擦り切るような快楽が混ざり始める。
「あ、や、まって、だめ、ひ、あ、あ…!」
「てっきりそういうの慣れてるのかと思って。周りの大人ってみんなそうなんだもん」
「まわ、り? ひぃ、ん!や、ああ!おかし、なる、から……!」
「痛くしないから、安心してよ」
色々教えてあげるね、と告げる口調は優しいのに、滴るような愉悦が混ざりこんでいた。目の前にいる少年がとても子供に思えなくて息を飲む。目を細めて笑う表情はまだ幼いくせに肉食の獣を思わせた。食べられてしまう。いや、すでに食べられてしまっているのだろうか。
「や、だ、こわい、抜いて、ね、」
「大丈夫、ちゃんと気持ちよくしてあげる。気持ちよくなるように教えてあげるからさ」
「や、待っ……!」
彼の右手がエリアスのものに触れて、ゆるゆると扱き始めた。親指で先端を執拗に弄られて時折爪を立てられてしまえば、気がおかしくなりそうなくらいに気持ちよくなってしまう。自分ですることもあまりないのに、といった羞恥心は腰の動きが再開したことで霧散した。中を抉られながら扱かれる途方もない快楽を体が受け止めきることができない。
「あ、手、放して、や、だ、」
「駄目だって。痛くしないよ」
「そ、じゃなくて、でちゃ、ぅ、」
「ん、いいよ」
「あ、あ――!」
ぐり、と思い切り掌で握られたからなのか、奥を緩やかに抉られたからなのか、エリアスにはわからなかった。がくがくと震えて自分の体から熱が排出されたのをぼんやりと熱に浮かされた瞳で見つめる。よりにもよって、少年の掌に。体の奥深くに打ち込まれた楔を中の肉が締め付けたのが何となくわかってしまった。
「あ、う、」
頬を赤く染めたまま荒い息をするエリアスを少年はどこかうれしそうに見つめると、額に唇を落とした。ひやりとした感触を覚えて、少し気持ちいい。どこもかしこも熱い体には柔い冷ややかさが快い。
「そんなに気持ちよかった?」
意地悪く言う彼の言葉に、さっと顔が赤く染まる。あんな仕打ちをしておきながらからかうなんて意地が悪い。そう反論したいのはやまやまだけれども、子供相手に何を言っているのだろうと思ってしまう。自分よりずっと年下の子供の手で扱かれて、あられもない声をあげてしまっただなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
「き、もちよくなんか、ない……」
「そう?僕の手に出しちゃったくせに」
「それは!……その、前を触られたら誰だってそうなるでしょ」
ふうん、と答える声がどことなくつまらなそうな響きを帯びた。飽きてきたのだろうか?ならばこの“遊び”もやめてくれるかもしれない。子供はいつだって飽きっぽいものだ。
「ね、もういいでしょう?」
「え?」
「君はあんまりいい子じゃないけど、プレゼントはあげるからさ。だからもうやめよう?」
「……ふーん」
少年はすっと表情を消した。何か気に障るようなことを言ったろうか、と思う間もなくずちゅりと中の物が引き抜かれてひくんと双球が揺れた。塞ぐものが無くなって蕾がはくはくと開閉する。エリアスの言うことを聞いてくれたのだろうか、と安堵していると、乱暴な手つきで背中からベッドに押し倒された。むぎゅ、と枕に押しつけられた唇からおかしな声が漏れた。
「いきなり何、」
「……いいから、付き合ってよ。遊びなんでしょ?」
「え、なに……っあん!」
急に太く固いものが打ち込まれて語尾が跳ねる。目を見開いて背後を向けば、少年はエリアスの腰を両手で支えながら自分のそれを打ち付けていた。逃れようともがく体を彼の年の割に大きな手のひらが赦してくれない。
「や、やだ、やだっ、変に、なっ、あぅ……!」
「いい、加減、素直になればいいのに!」
彼の腰が打ち付けられるたび、ぱちゅぱちゅと厭らしい水音が響く。自分の体がそんな音を立てていると思うと気が狂いそうになった。腰が打ち付けられるたびに唇がわなわな震えて悲鳴のような声が漏れた。快楽から逃れたくて体を動かそうとしても、少年の手が腰をがっちりと押さえ込んでいて身動きがとれない。まだ発展途上の少年と比べてみても、エリアスの体は女の子のように華奢だ。
ひたすら深く深く、奥の急所を抉る彼の雄が思考をがりがりと削り取っていく。エリアスの白いばかりの肌は桃色に染まり、目許は赤く潤んでいた。枕を掴んで少しでも快楽を外へ逃がそうとした空しい努力もほとんど功を奏さなかった。
ミヒャエルの唇が背や首筋に降りてきては薄い膚に吸い付いて、赤い華を咲かせる。サンタクロースの赤い衣装が少年の唾液やエリアスの汗でべとべとになっていく。下半身など考えるべくもない。
「あ、あ、あぁ…っ!」
意味のない言葉ばかりが漏れだして思考が白くなっていく。はしたなく抱えあげられた細腰が無意識に揺れた。自分はいったい何をしてるのだろう。今日は子供たちにプレゼントを配る日だと言うのに、子供のベッドで喘がされている。
「あ、やあ…っ!」
ぐり、と胸の飾りを捻られて、エリアスはびくりと震えた。放たれた熱がミヒャエルのベッドのシーツを汚す。広がっていく厭らしい染み。死んでしまいたくなるほどの羞恥。
かわいい、と変声期を迎えたばかりの声が耳元に注ぎ込まれて心臓が跳ねる。ところどころ子供の部分を残しているくせにエリアスの性感を高める手つきは熟練した大人のようだ。最も、他の人間と体を重ねたことなどないけれど。赤く染まった耳を彼の舌がねぶる。ぞくぞくと背骨から寒気が走った。
「中、気持ちいい?」
耳朶に直接注ぎ込まれた声に思わず彼のものを締め付けると、ミヒャエルはひどくおかしそうに笑う。恥ずかしくて情けなくて、きゅっと唇を噛み締めた。
「よ、く、ない、ばか」
「うそつき」
少年はうっそりと笑う。ほんのわずか、男の色気を含んだ意地の悪い笑み。どきりと跳ねた心臓を無視して睨み付ければ、背を引かれて体が浮いた。そのまま抱えあげられるように抱きよせられる。
あ見てごらん、と囁く声が聞こえる。優しい声に吸い寄せられるように視線をさ迷わせると、視界の先に全身が写り込むくらいに大きな鏡があった。くらりと目眩がする。
鏡に写った赤い服の男はそれはそれはひどい顔をしていた。白いはずの顔は真っ赤に染まり、赤く熟れた色の唇が酸素を求めてはくはくと震えている。青緑色の瞳はすっかり快楽にとろけて濁った色を放っていた。乱れた服は汗や白濁でどろどろに汚れて、ひどい有り様だ。局部からつう、と白く濁った液体がとろとろと零れている。
あ、と小さく漏れた声は上ずっていた。その拍子に唇の端から唾液が零れて襟を汚す。すうっと頭が冷えた。
「や、だ、」
ほろほろと涙が零れた。こんなはしたない、情けない顔をしていたなんて。男に犯されるなんて思っても見なかった。しかも本来ならプレゼントを渡すはずの子供に。一度流れ始めた涙は止まってくれなくて、エリアスは死んでしまいたくなる。子供の前で泣くなんて駄目なのに。
声を噛み殺しながらひくひくとしゃくりあげるエリアスに、少年はどこか唖然とした表情をしていた。先程まであんなに愉しそうだったのに。泣いてしまったから、興が削げたのかもしれない。
「ちょっと……泣かないでよ、大人でしょ」
少年はどこか焦ったような声で言ったけれど、今のエリアスには響かなかった。こんなに恥ずかしくて情けない目に遭って、子供にいいようにされている。自分の役目すら果たせないだなんてサンタ失格だ。
ぽろぽろ溢れる涙を拭いながら泣きじゃくるエリアスを、ミヒャエルは不意に抱き寄せた。体勢が変わって彼のものが抜け出す感覚に一瞬目の前が白くなる。目線を上げると、彼に向かい合うような姿勢になっているのがわかった。ミヒャエルの顔が視界一杯に広がる。
「泣かないでよ。……その、僕が悪かったから」
ミヒャエルは困ったように眉尻を下げていた。彼は不器用な手つきでエリアスの涙を拭おうとする。そうするとひどく幼く見えて、まだ子供なのだと思えた。なんだか許してしまいたくなる。甘いことだとは思うが、サンタクロースとはそういうものだ。子どもを幸せにするのがサンタクロースの仕事だ。
「……あんまり、ひどいことしないで」
小さく呟いた声に答えたのだろう、暖かな手のひらが頬を包み込む。唇が降りてきてエリアスのそれと重なった。ゆっくりと舌が入り込んできて、じんわりした快感を覚える。なんとなく安心して背に腕を回すと緑の瞳が戸惑ったように揺れた。
「……その、ひどいことしてごめんね、」
火照った頬を彼の手の甲がそろそろと撫でた。涙を拭ってくれているのだ、とぼんやりと思った。性行為の技巧は大人のようなのに、人を慰めるのは不器用な子供のそれだ。彼の子供っぽい部分を見つけるたびになんだか微笑ましくなって小さく笑うと、少年は頬を染めた。
そういえば彼と出会ってからずっと笑っていなかったのだ、と今更ながらに思う。サンタクロース失格だと思う気持ちと、笑顔に反応する彼をかわいいと思う感情が溢れて気づけば彼の黒髪を撫でていた。思っていたよりも柔らかい感触に目を細めていると、少年の顔が更に赤くなる。
「いいよ。……やさしくしてね」
安心させるように優しく笑むと、柔らかい舌が頬の涙を舐めた。




目を開けると、ミヒャエルの白い顔が視界に広がっていた。ひどく心配そうに眉を下げた表情に、先ほどの出来事が夢ではないのだと悟る。
「痛、」
腰を起こそうとして小さく痛みに呻いた。暴かれたばかりの体に鈍い痛みと怠さな残っている。白い顔を一層青くした少年に慌てて笑んで見せた。これくらいの痛みなら平気だ。子供ではないのだし。
自分の体を見下ろす。エリアスは見覚えのないパジャマを着ていた。ミヒャエルの着ている青いパジャマと似たデザインで、上下共に白い。サンタクロースの衣装は汚れてしまっていたから、きっと彼が着替えさせてくれたのだろう。エリアスが寝ていたのは彼のベッドだ。先程汚したはずのシーツは取り替えられたのだろう、清潔な匂いとさらりとした感触をしている。
ベッドのそばには小さな桶が置かれていて、ほんのり湯気が立ち込めていた。ミヒャエルの手には濡れたタオルが握られている。きっと彼が自分の体を拭くのに使ってくれたのだろう。
「着替えさせてくれたんだね、ありがとう、ミヒャエル」
「……なんで僕の名前知ってるの」
「だって僕、サンタクロースだし」
その答えが不服だったのか、ミヒャエルは少しだけ唇を尖らせた。なんとなく幼い様子に笑みがこぼれてしまいそうになる。
「じゃあ、君の名前教えてよ」
「僕はエリアス。サンタだよ」
エリアス、とミヒャエルが呟く。終わってから自己紹介なんて順番がめちゃくちゃだ。女の子ではないのだし、初体験に夢を見ていたわけではないのだけど。
「なら、エリーって呼んでいい?」
何度かエリアスの名を小さく呟いたミヒャエルが遠慮がちに聞いてくるので、軽く頷いて答える。彼はほっとしたように眦を下げた。
(あ、垂れ目だ)
彼の顔を今更ながらにじろじろと見聞する。緑の澄んだ瞳は優しげに垂れていた。すっと通った鼻筋や薄い唇は少し酷薄そうに見えるけれども、瞳の柔らかさがそれを打ち消している。大人になったらきっと魅力的な青年になるのだろう。自分がそれを見ることがあるのかはわからないけれども。
「ねえミヒャエル、何がほしい?」
え、と問いかける彼にエリアスは笑んで見せる。彼は決していい子ではないし、プレゼントをもらって喜ぶ年頃の子供かと言われれば微妙なところだったけれども、それでも悪い子ではない。言ってしまえばエリアスは彼が気に入ったのだと思う。あんなことをされておいておかしな話だけれども。
「だって、君……怒ってないの?」
「そうだね、少し怒ってるかもしれない。結構痛かったし、恥ずかしかったし」
「なら、なんで……」
「でも、それから優しくしてくれたから」
反省もしてくれたみたいだし、と声に出さずに付け加える。サンタクロースはもとより子供に甘いのだ。最初は痛かったし怖かったし恥ずかしかったけれど、気持ちよくはあったのだし。……なんて、そんなことを言うと色情狂のようだけれど。ともかくエリアスは今さら彼を攻める気などなかった。だって、そう。クリスマスは罪が許される日だ。
「だから、ちゃんとプレゼントをあげる。なにがいい?」
「……なんでも、いいの?」
「僕にあげられるものならね」
すがるような目でいってくるのがかわいくて、ふっと微笑む。ミヒャエルはしばらく押し黙っていた。ほしいものがたくさんあるのだろうか。
「なら、僕のそばにいて」
「え?」
思いもよらぬ言葉に虚を突かれた。彼は何をいっているのだろう。自分がサンタだからだろうか?プレゼントを持ってくる存在だからそんな奇異なことを言うのかもしれない。
「あのねミヒャエル、僕はサンタだけど、一人の子供にたくさんプレゼントをあげたりはできないんだよ」
「プレゼントはいいから!」
急に大声を出したミヒャエルに目を白黒させれば、ひどく困ったような顔をした彼と目があった。そわそわと目線をさ迷わせるミヒャエルは年相応の子供のようだ。
意を決したようにひとつ頷いたミヒャエルは、エリアスの手をとってぐっと顔を近づけてきた。そんな仕草にも不覚にもどきどきしてしまう。きっとそれはミヒャエルの鼓動の音が伝わってくるせいだ。変に体が熱いのも、きっと全部。
「プレゼントはいいから、僕の側にいてよ」
「そばに、って……でも僕、なにもできないよ」
「それでもいいよ」
一人でクリスマスを過ごすのはもう嫌なんだ、とミヒャエルは小さく呟いた。エリアスがあれだけ声をあげても誰も現れなかったことや、せっかくのクリスマスだというのにミヒャエルがずっとどこか影のある表情をしていたことにやっと得心した。彼は寂しかったのか。
「ちゃんといい子になるから……。だから、その……僕の、お嫁さんになってよ、エリー」
お嫁さん、なんて。男だしサンタクロースだし、相手は子供だしで、あり得ないと思う自分がいるのに、心臓が変にうるさいのはどうしてだろう。ミヒャエルのことをなんだかかわいいと思ってしまったからだろうか。
寂しがりやの子供が勘違いをしている。これはきっとそんな儚い感情でしかなくて、成長するにつれて彼にはもっと大切なものができるに違いない。たった一晩、クリスマスに過ごしただけのエリアスを大人になった彼は忘れてゆくのだろう。けれど、そんな風に言われるのが嬉しい。
「駄目、かな」
「……もうあんなふうにしない? ちゃんとした大人になってくれる?」
「なる!世界で一番素敵な大人になるよ!」
エリアスの手を握ったまま必死で言う彼の姿は子供そのものだ。ストライプのパジャマを着て、頬を真っ赤に紅潮させて。たどたどしい口調もまだ柔らかい骨格も幼さを際立たせている。けれど、どうしてだか今までで一番男らしく見えた。
これはきっと、一時的な気の迷いだ。いつか大人になった彼は自分などよりずっと素敵な人を見つけるかもしれない。……きっと、そうなるだろう。けれど今は、そんな風にいってくれる彼の心が嬉しかった。
「……だいじにしてね」
ふわり、はにかみながら笑むと、ミヒャエルは耳まで赤く染めて、けれど確かに頷いたのだった。



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