雪のような白さをしている、と思う。
そっと肌に触れてみると見た目以上に堅い質感をしていた。体の所々に蛇の鱗が生えているせいなのか、弾力がほとんど感じられない。それはあまりに薄い肉や華奢な骨格のせいなのかも知れなかった。滑らかな腕をなぞると、少し怯えた色をした瞳と目が合う。零れそうなほどに大きな青緑。安心させるように笑って見せたが、彼の表情は堅いままだった。こんなときでも彼は笑わない。
彼が人ではないと、ミヒャエルは出会ったときから知っていた。元々は、彼のーー否、彼らの種族に助力を乞おうとしたのだ。蛟の力。人間では不可能なことも彼らは可能にできるから。それだけの理由と拙い糧食を携えて里を訪れた時にはこんな関係になるなどとは思ってもみなかった。彼もきっと同じだろう。ミヒャエルの求愛に折れた形で彼はここにいてくれる。神に背いた禁忌の末裔とさんざ脅しつけられた彼とこんなことをしていると知れば、故郷の人々はどんな顔をするのだろうか。想像すると少し可笑しかった。
ベッドの上、身を強張らせる彼を見つめる。男にしては少し柔らかい、けれど起伏の少ない細い体。暗がりでもほんのりと浮かぶように見える真白の肌。そして、ところどころ目に映る蛇の鱗。
「醜いだろう」と彼は言う。胃の腑の苦い塊を吐き出すような声に、ミヒャエルは小さな頭を掻き抱いた。
「綺麗だよ。君はどこも綺麗だ」
これは掛け値無しの本音だった。さらりとした手触りの良い髪。裸の胸に触れる硬質の、ひやりとした感触。少し低めの体温をした、人ではない彼こそがミヒャエルの恋い焦がれる存在だ。
確かに人ではない。むしろ人にしては綺麗すぎると思うほどだ。初めは違和感を覚えた鱗も白すぎる肌も、いつのまにか好きになっていた。自分でも気付かないうちに。それに、体は人ではなくても彼の心は人間と何一つ変わらない。だから、こうして愛し合うことだってできる。
彼の体が腕の中でもぞりと動く。伸びた腕を優しくとって指先を絡めると震えが伝わってきた。強張った目元の縁の紅さは蛇の身だからなのだろうか。それとも、と妙な期待をしてしまう。
「……ミヒャエル」
「なに、エリー」
「……心臓の音がする」
そうして彼は瞳を閉じた。長い睫毛が真っ直ぐに伸びている。胸に触れる髪の感触がくすぐったくて笑いそうになる。胸のうちに広がる感情が溢れだしてしまいそうな気すらした。
彼はまだミヒャエルを完全には信じてはくれていないのだろう。ミヒャエルを、というよりは人間を。けれどこうして触れることを許してくれるのは、少なからず好いてくれているのだと、そう信じている。好きでもない相手に体を開くような彼ではないのだから。
頬に手を添えて瞳を覗き込む。常には冷めた色をしたそれが困惑に揺れているのが可愛いと思った。親指で淡い色をした唇をなぞると、ゆっくりと唇が開かれる。大きな瞳が閉じていく。吸い寄せられるように顔を寄せた。
「ん、」
弾力のある、しかしひんやりとした唇だった。艶やかな口唇を舐めるように触れると閉じた睫毛が震えた。つ、と上唇と下唇の間を舌でつついてみると戸惑ったような声が聞こえた。小さな頭を撫でてやるとおずおずと唇が開く。その隙に舌を滑り込ませた。
「っあ、は、ふ…」
彼の口腔は人と同じ暖かさだった。滑らかな粘膜にわざと舌を這わせるとくちゅりと厭らしい音がする。
吐息の合間に聞こえる苦しげな甘い喘ぎ声。無意識だろうか、ミヒャエルの体に細い指が食い込む。小さな舌を絡めとって口付けを深めると、水の音が部屋に響いた。わずかに震える細い体が愛しく、つい乱暴にしてしまいそうになる。
「あ、あ…は、ミヒャエル、」
「……大丈夫、だから」
名前を呼ぶ声に体が熱を帯びた。固く固く閉ざされた瞳から水滴が零れ落ちる。指の腹で拭った涙の熱さがひどく愛しかった。体温の低い彼の確かな熱。未だ白いままの頬はあくまで清らかに美しいのに、口付けで緩んだ表情の淫靡さが情欲を煽った。にこりと笑んで、閉じられたままの彼の足の間に手を伸ばす。
「ーーっ!ミ、ヒャエル、そこは、」
「いいから、任せて」
怯えた目付きをする彼をあやすように口づける。怯えているのはこの行為にだけではないだろう。体に触れられること、見られること。それらを彼は極端に嫌った。だから、今こうしているのは奇跡のようなものなのだろう。それは恐らく、互いにとって。
そっと触れてみると、慎ましやかなそれは既に僅かに頭をもたげていた。優しく握り込むようにして指の腹で先端を攻めると、組み敷いた体が震える。力を少し入れ、足を開かせるように促してみたが、彼は頑なに動こうとはしなかった。それならばと身を屈め、痙攣する白い太ももに唇を落とすと悲鳴じみた声が漏れた。
「なに、なに、を、」
「気持ちよくするから、少しだけ我慢して」
「いや、だ、だめ、だ、あ、」
堅い鱗を舐め、肌に吸い付くとほとんど泣き声のような声が聞こえる。そうしながらも彼のものを擦ってやると確かな反応が帰ってきた。先走りの溢れだした先端からはくちゅり、とひどく生々しい水音が響いている。荒い息の合間に漏れる高く甘い声がミヒャエルの熱を煽った。
「っあ、ん、〜〜っ!」
華奢な体がびくん、と跳ねた。同時に手の中に吐き出される彼の熱。押し殺しきれなかった声が耳朶を打つ。背をしならせて震える細い体の儚さと、ベッドに沈み込む確かな重み。蜜をこぼすそこを舐めてしまいたい。頬を染めて苦しげに息を吐く彼にそれはあまりに乱暴すぎるだろうと、思うだけにとどめた。
蛇の肌をした彼の顔色は、その感情ほどには変化しないのだと知っていた。堅い鱗と変温動物特有の体温が熱を殺してしまうのだ。いくら顔色が変わらないように見えようとも彼を気遣ってやらなくては。ただでさえ体を拓かれる恐怖はきっと想像を絶するだろう。だから、せめて優しくしてやりたい。
絶頂の後だからだろう、涙に濡れた瞳を見開いて宙を映す彼の表情はどこか虚ろだった。頬に手を添えて口付けを落とすとゆっくりと瞬いて、きゅっと唇が引き結ばれた。
「君、は、馬鹿か」
「ごめんね、嫌だった?」
少し性急すぎたろうか、と内心反省しつつ問いかける。押し黙った彼の言葉を聞き逃さないようゆるゆると頭を撫でた。
「怒ってはいない。呆れている。……汚いだろう…」
「汚いだなんて。君は綺麗だよ。疑われたって何度だって言うよ、君は綺麗だ」
エリアスはふいと顔を背ける。何もない白い壁を睨むようにしながら、彼は低い声を出した。
「……君は、本当に馬鹿だね」
悔しげに呟く彼がかわいくてたまらない。ミヒャエルはエリアスを構成するすべてを愛す自信がある。男同士だと言うことはわかりきっていたし、今更そんな風に言う彼がなんとなしに微笑ましく思われた。
真っ白な背をなぞって臀部をそっと撫でるとエリアスの表情が緊張で固まる。柔らかく、鱗の分だけ堅さのあるそこ。人には触れさせたことなどないのだろうと思うだけでひどく気が逸った。すき、なのだ。彼と早く一つになりたいと思ってしまう自分がざわめいている。
彼を見下ろせば、潤んだ瞳に見つめられた。ほう、と息をついて彼を見つめる。恐ろしくなるほどに見事な造形だ。ミヒャエルの瞳を吸い寄せる美しい青緑色の瞳は、長く伸びた灰白色の睫毛に縁取られて丁重に守られているようだ。すっと通った鼻も薄く小さな唇は愛らしく、幼さを強調している。緩んだ表情が彼をことさらに幼く見せていた。
彼の柔い太股に手を添えると、「本当にいいの」とぽつりと問われる。先程と重複したように聞こえるその問いに頬を緩めかけたミヒャエルは、彼の強張った表情に動きを止めた。
「僕とこんなことをする意味を、君は本当にわかってるのか」
緊張と怯えと混乱と、そしてミヒャエルへの確かな気遣いを含んだ真剣な声だった。好きだと告げたときから感じていた、彼の怯えの正体。ミヒャエルがなくしてあげたかったもの。
「僕を弄んだり、凌辱するだけなら構わない。そんなのは、慣れてる。……けれど、本当に繋がってしまったら、僕たちは友達ではいられなくなる」
「覚悟の上だよ。君が赦してくれるなら、だけれど」
もし彼が嫌だと言うのなら、ミヒャエルは友人のままでも構わない。辛くとも、彼の望みを優先したいから。けれど彼はまた首を降る。ひどく怯えた目で。
「それだけじゃない。僕みたいな人でないものと交わったりしたら、君はこのままではいられないかもしれない」
「君は、」
人間だよ、と続けようとしたミヒャエルの唇をエリアスの指が塞いだ。唇に触れる堅さと冷たさは人外のものだ。ミヒャエルのそれとは違う。
「僕は人じゃない。人間は自分達とは異なるものを疎むだろう。君はその恐ろしさを知らないんだ」
気づいていないわけではなかった。鱗を執拗に隠して外出する彼の姿や、どこか歪なーー無理矢理剥がしたような跡のある肌を見ていた。それを指摘することで彼の傷をえぐるのが怖かった。
「だから、ミヒャエル。今なら君は逃げられるんだ」
そう言ってエリアスは、笑った。綺麗な顔をしているのにどこか歪で下手な笑み。無理矢理上げられた口角が少し震えている。
「……そう」
ぽつりと呟くと、彼の下手な笑みが深まった。まるで笑顔に亀裂をいれたみたいだ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。痛々しくて愚かしくて、そして、なんとも言えないくらい、
「……好きだよ」
「ミヒャエル、そんな単純なことじゃ、」
「馬鹿だね、君は」
重ねた唇はほんのりと暖かい。常の冷たい温度も、この暖かさも、ミヒャエルは知っているつもりだ。
「人じゃないだなんて、そんな馬鹿なこと」
「なに、」
「君は人間だよ。こんな風に嘘をついて僕を遠ざけようとする不器用なところも、それなのに完璧に振る舞えない臆病なところも、すごく人間らしいよ」
それに、ミヒャエルを傷つけないように自分は耐えようとする優しさも。
エリアスはしばし凍りついて、そしてさっと顔を赤くした。これまでにないほどに染まったその色は人間のようにしか見えなかった。思いもよらぬことを言われて腹をたてている人間、そのものだ。姿形は人でなくても、その心の有り様は人間となにも変わらない。
「君は、君はそういうかもしれない!だけど、他の人間はそう思ってくれない…!汚い言葉を浴びせたり、石をぶつけたりしてくるんだ!君まで、そんな目に遭うかもしれないんだぞ!」
「いいよ」
「え、」
あまりにあっさりと答えたせいか彼は固まる。見開かれた瞳に正気が宿って激昂される前に、ミヒャエルは口を開いた。
「僕は君の為なら、君と二人でなら、地獄にだって堕ちるよ」
こんなに綺麗で繊細で意地っ張りで不器用で頑固で、愛されるのが下手な彼と共に生きることすら赦さないというのなら、地獄に堕ちたって構わない。神がそれほど無慈悲なら、天国に逝く意味などないだろう。
「君は、…君は、どうして、そこまで、」
澄みきってよく通るはずの彼の声はすっかり濡れていた。慈しみと、ほんの少しの怒りと、それ以上の愛しさをもってミヒャエルは答える。
「決まってるよ。僕は君を愛してるからさ。心も体も、君を構成する全てを」
その瞬間の彼の表情を、ミヒャエルは決して忘れることはないだろう。呆然と見開かれた青緑色の宝石のような瞳から零れた雫の美しさを。僅かに開かれた花弁のような唇を。
その表情と、数分しゃくりあげた後にようやっと彼が口にした言葉だけで、ミヒャエルは地獄に堕ちても構わないと思えた。

僕も、どうなってもいいくらい、君を愛している。



今宵、地獄の底へ



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