「ムカつくんだよ!あの一年の神楽ってやつ!」
昼休みの屋上。俺はいつもみたく昼寝をしていた。
しかし、イラついたような低い男の声で聞き慣れた名前が聞こえ、目が覚めた。
ゆっくり周りをみるがだれもいない。多分声の主は俺とは建物を挟んで反対側にいるんだろう。
「アイツからぶつかってきたくせに『あやまれや』とぬかしやがんだよ!」
…へっ。アイツらしい。
俺はニヤリと笑った。
神楽とは、幼いときからのケンカ友達であり、悪友である。
いわば『幼なじみ』ってやつだ。
幼稚園からこの高校までずっと一緒だった。
周りは俺らを『仲がいい』と思っているが、ただの腐れ縁だ。
高校だって、行き始めるまで同じだとは知らなかったのだから。
つまりこの高校では、『先輩後輩』にあたるのだが、彼女にはんなもん関係ない。
年上に敬語を使うどころか、相手によっちゃあ、普通に暴言がでる(俺も人の事は言えねーけど)。
俺なんかは、年上どころか、男にも見られてないようだ。
「俺も前から頭にきてたんだよ。北崎ィ、放課後呼び出してやっちまおうぜ。」
…北崎?
聞き覚えがある。
確か隣のクラスだった。
この学校の不良グループのボスのようなもんだ。
「…いいぜ。俺、アイツの秘密持ってるしな。それで脅せば一発だろ。」
『はぁ…』と俺は1つため息をつき、立ち上がった。
「やめとけば」
突然現れた声の主に、ヤツらは…10人ぐらいだろうか…『あ゛ぁ!?』と振り向き、こちらを睨みつけた。
「誰だテメェ!?」
「三年D組沖田総悟」
「沖田ァ…?」
北崎はその名前を聞き、ニヤリと笑った。
「姫を守るナイトのご登場か!アイツを心配して止めにきたってか?」
「いやいや…」
そういいながら、俺もニヤリと笑いかえす。
「俺が心配してんのは、アンタ達の方でィ。神楽は手加減しねえから、骨折じゃ済まねぇかもよ?」
「ほう…?」
北崎は相変わらず笑ってはいたが、目だけは笑っていなかった。
「それじゃあ沖田、1つ取り引きしねぇか」
「…取り引き?」
俺が怪訝そうに北崎をみると、やつは恐ろしい顔で言った。
「テメェが神楽の代わりになれ」
「・・・」
「テメェが代わりにボコられれば、神楽には手出ししねぇよ」
いつもならお断りだが、神楽の身がかかってる。神楽には借りがあるし、確かアイツ、昨日もケンカして怪我したばっかりだし。
…しょうがねぇな。
「神楽には手ェ出すんじゃねぇぞ。」
昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
目を開けると、オレンジの光と、白い天井が見えた。
(保健室…?)
ああそうだ、北崎達にボコられたあと、俺は意識を失って…
誰かがここまで運んでくれたのだろう。
ズキズキと痛む体を起こすと、近くから規則正しい寝息が聞こえた。
「か、ぐら…?」
すると、神楽は体をびくっとさせて、ゆっくり目を開けた。
「あれ、なんで私…」
と、一瞬寝ぼけて、俺と目が合った瞬間。
「…!」
「か、」
バッチィィィン!!
いい音がして、俺の頬に痛みが走った。
俺はわけが分からず、一瞬呆然とした。
「テンメェ…なにしやがんでィ!」
『俺は病人だぞ!』と、言いかけて、俺は口をつぐんだ。
神楽が睨んでいたのだ。しかも驚いたことに、目にうっすら、涙を溜めている。
「お前はバカアル!大バカのアホネ!」
珍しく取り乱す神楽を、俺は唖然として見つめた。
「事情は…全部聞いてるアル。
屋上の入り口でお前らの話を聞いてた女の子が、すぐに私のとこに来てくれたネ。」
「…。」
「お前…なんで反撃しなかったアルか!?ワタシが強いこと、お前知ってるダロ!あんな奴ら、けちょんけちょんアル!」
「それは…」
言われてみればその通りだ。
なぜだかわからない。だけど、どうしても…どうしても嫌だったんだ。
「俺は・・・
俺以外の奴がお前いじめんのは許せねぇんでィ」
そう言ってからハッとする。
おいおい、これじゃあまるで…
そこで俺の思考は一瞬停止した。
…ん?
…え、ちょ、まてよ…
…まさか、
俺、神楽が…
目の前にいる神楽を恐る恐る見ると、キョトンとした顔でこちらを見ていた。涙はもう、ない。
「沖田、お前…」
げ、ヤバ…
バレた!?
「あれでワタシをいじめてたつもりだったアルか?」
「…は?」
予想外の答えに、俺は頭がついていかない。
そんな俺を気にも止めず、神楽は続ける。
「あんなの女王神楽にとっては可愛いイタズラアル!」
トンチンカンな返答に、俺はホッとしたように、そしてガッカリしたようにため息をついた。
この鈍感姫と、ただの幼なじみから特別な関係になるには、
まだまだ先が長いように感じる俺だった。
END
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