(…はぁ。なんで俺が…)
真選組一番隊隊長、沖田総悟はぶつぶつといいながら、ある場所へと向かっていた。
ことの発端は昨日の総悟の一言である。
「…あ、明日…チャイナ誕生日じゃん」
言ってから『しまった』と思ったがもう遅い。
総悟を見る近藤の目は輝いていた。
「何っ!?それは本当か総悟!?」
「…えぇ。…まぁ」
そういいながらチラリと近藤の隣にいた男を見ると、何かいいたげな顔で総悟を見ていたが、口を開こうとはしなかった。
そんな土方を無視し、また近藤を見ると、いつのまにか、神楽の誕生日会を屯所でやることに決まっていた。
祝い事が大好きな近藤の事だ。こうなる事はわかっていた気がする。
総悟はそう思った。
(…まぁ、本当の狙いはねえさんなんだろうけど)
いつも喧嘩している相手を祝うなんて不思議な感じがする。
…でも別に…嫌じゃない。
「たまには…いいかもな」
ボソッつぶやいた言葉が聞こえたのは、鬼の副長、ただ一人だった。
『どうせやるなら大掛かりなサプライズを』という近藤の言葉で銀時や新八、勿論お妙も巻き込み、かくして神楽のビックリバースデーは幕を空けた。
役割もいつの間にか決められていた。
料理係は新八と山崎。
(土方とお妙は張り切っていたが隊員たちの反対にあった)
ケーキ係は銀時と妙。
(初めは銀時と近藤が反対したが妙の真っ黒な微笑みと共に脅され、銀時の助手に)
近藤、土方、偶数隊員は部屋の飾り付け。
奇数隊員はプレゼントやその他諸々の買い出し。
そして…
「…俺が…ですかィ?」
「ああ。俺達と万事屋は屯所で準備するから、総悟はチャイナ娘にばれないように引き止めて時間稼いどけ。」
「重要な役だぞ、総悟?万事屋も新八くんもチャイナ娘の誕生日を忘れてるふりをするからな。総悟のポーカーフェイスにかかってるんだ」
「はぁ…」
近藤と土方に言われ渋々総悟は頷いた。
…そして今に至るのだ。
少し遠慮がちに万事屋の戸をたたく。が、返事はない。銀時と新八は屯所だが、神楽はいるはずだ。鍵も開いていたので、入る。
「…」
「…銀ちゃん!?新八!?」
ピョコピョコと跳ねる桃色の髪。期待でいっぱいだったその表情は総悟を見るなり嫌なものに変わった。しかし、それもなぜか今日はすぐに和らいだ。
「…まぁいいアル。なんか用アルか?」
いつもならすぐに喧嘩越しになるのに、今日に限って喧嘩に乗り気ではない神楽に、総悟は少し戸惑った。
「なんでィ、今日は殴り掛かってこねェのかィ?」
「…そんな気分じゃないネ」
「ふーん、あっそ」
(喧嘩で二、三時間潰せると思ったのに)
どーすっかな、と総悟は頭を抱えた。
「…入って来ないアルか?」
「え、」
じっと見てくる神楽にドキリとする。その瞳はいつものように元気ではなく、淋しげだった。
「誰に用があったネ?」
「えっ、と…」
(ばらさねぇようにしないと…)
「ぶらぶらしてたら近くまで来たから寄ってみただけでィ」
「…ふぅん」
「…」
「…」
会話がなくなり、とりあえず二人は飲み物を口にした。
(…なんか静かだから…調子くるうな)
チラリと総悟は神楽を見た。
神楽は一口飲んだ後、俯いてしまった。
その後、時計とカレンダーを見比べ、ため息をついた。
「…お前、仕事はいいアルか?」
「ん?あ、あぁ…今日は非番なんでィ」
「そう…アルか」
『帰れ』とは言わない神楽。
(やっぱりさびしーんだろうな。旦那も眼鏡も誕生日にいないなんて)
少し寂しそうな神楽の顔をじっとみていた総悟だったが…
…ぐぐぐ〜〜キュルル〜〜
神楽のお腹の音に我にかえり、思わずずっこけそうになった。
神楽は顔をほんのり赤く染め、『お、お腹減ったアル』とつぶやいた。
ただいまの時刻11時半。
約束の時間まで5時間半もある。
「お前…朝メシは?」
「起きたらみんないなくて…食べてないネ」
起きてからそのままずっとソファーにいたのだろう。
服も髪もそのままだった。
「おい、チャイナ」
「何ヨ?」
「お前今すぐ顔洗って着替えてこい」
「はぁ?なんで、」
今日だけ、
「昼メシ、食いに行こうぜィ」
お前が静かだと調子くるうから
「おごってやるから」
…今日だけ
「ま、マジでか!?」
半分疑いながら、神楽は総悟に聞きかえす。
「マジでィ。だから、」
「…よ、40秒で支度するアル!」
そういうと、神楽は洗面所へとんでいった。
「…ラピュタか」
呆れながら総悟はつっこんだ。
(コイツと普通に歩いてるなんて…変な感じアル)
チラリと総悟を見上げながら、神楽は思った。
(しかもおごるって…まさかコイツ私の誕生日知って…いや、ないアルな、それは)
(でも、)
(…来てくれて、嬉しかったアル)
神楽はこっそりと顔を綻ばせた。
「…で、何が食べたいんでィ?」
「えっ…なんでもいいアルか?」
「おう」
「…じゃあ…」
********
「…おいしーアル!銀ちゃんはビンボーだから、こんなに食べさせてくれたことないヨ!」
『お前に任せるネ』
そう言われた総悟が連れてきたのは、お好み焼き屋だった。
寿司屋は後で財布の中を見るのが怖いし、夜に食べるだろう。
そう判断し、店の主人と顔見知りだった事もあってそこにした。
「かわいいガールフレンドですね、沖田さん」
お好み焼き屋の主人の言葉に一瞬つまり、慌てて否定する。
「な、なにいってんでィ、じっちゃん。コイツはただの…」
…ただの…なんだろう?
チャイナはお好み焼きに夢中で気付いていない。
「…ただの喧嘩友達でさァ」
『喧嘩友達』。
間違っちゃいないのだけれど、なにかしっくりこないのはなぜだろう。
「ごちそうさまアル!」
「やっと終わったか」
「うるっさいネ
久しぶりだったからたくさん食べたアル」
「…まぁいいや。じっちゃん、ごちそうさま」
代金を払い、店を出ながら、総悟は軽く頭を下げた。
「おおきに。また来て下さい」
じっちゃんはにっこりと笑っていた。
「うまかったかィ?」
「スッゴくうまかったアル!」
「…そうか…そりゃあ…よかっ「ありがとナ」
総悟の言葉を遮るように小さく…しかし、しっかりと呟かれた言葉。
驚いて思わず顔を見ると、照れ臭そうに俺を見上げる桃色。
はいつもは見ることができない、決して総悟へは向けられることのなかった神楽の笑顔だった。
それが今、総悟に向けられ、彼の目に映っている。
その時総悟は、神楽の誕生日プレゼントを買わなかった事を後悔した。
「…もうこんな時間か」
ただいま午後3時。
神楽がお好み焼きを大量に食べたおかげで、予想以上に時間を稼ぐ事ができてしまった。
「わ、本当ネ!」
「次どーする?」
「へ?」
驚いたような声をあげる神楽を、総悟はキョトンとして見た。
「ま…まだどっか連れてってくれるアルか…!?」
「まぁ…暇だし。嫌なら無理にとは…」
「いく!いくアル!」
神楽は『キャッホォォォオ!!』といいながら傘を振り回す。が、ピタッととまった。
「…どうした?」
「…お前こそどうしたアルか。お前がこんなに優しいなんて…」
一瞬ギクッとした総悟だったが…
「…なんか気持ち悪いアル」
「おいコラ。」
「…ま、いいネ!どこいくアルか!?」
神楽はあまり気に止めず、再び笑顔になった。
朝と違い、いつものように軽口を叩き出した神楽。だが、彼女は総悟に対していつもよりも少し素直だ。
不思議な感じだが、二人で過ごすこの時間がとても心地よかった。
「わぁぁあ〜綺麗アル!」
街のショーウインドーを覗きこむ神楽。その目線の先には。
「…あれ、結婚指輪じゃねェか。」
「マジでか!じゃあワタシ、結婚するとき絶対あれ買うネ!」
「…あっそ」
興味なさげな総悟にため息をつくと、神楽は頬を膨らませた。
「何ヨ、その返事は。」
「いやー、お前女だったんだと思って」
「んだとコルァ!」
「ヘイヘイ。あ、酢昆布売ってるぜィ?」
「マジでか!?」
表情がくるくる変わる彼女を見ながら、総悟は今まで感じなかったものが胸のなかでじわりと広がるのを感じた。
楽しい時間はあっというまに過ぎていく。
もう5時に近づいていた。
(もうそろそろか…)
「チャイナ、」
「ん?」
「ちょっとみせたいもんがあるんから…屯所まできてくんねェ?」
「…?いいヨ?」
「ね、ね、サド!」
「?なんでィ?」
「屯所…暗くね?それに…なんか静かアル」
「そーかァ?」
すっとぼける総悟を疑わしげにみる神楽。そんな彼女をよそに、総悟はずんずん進んでいく。
「ま、待ってヨ!」
「こっちだぜィ」
「みせたいものって、何アルか?」
ある部屋の戸に手をかける。
「これでィ。」
開けた瞬間に溢れる光、クラッカーの音。
温かい笑顔で迎えてくれる人達。
「…みんな…忘れてたんじゃ…なかったアルか…?」
神楽は驚き、固まって動けない。
「…ワタシの誕生日…」
「忘れる訳ねーだろ」
「ばれないように知らないフリしてたんだよ」
「そうよ、神楽ちゃん。」
「銀ちゃん…新八…姐御…!」
「さ、お妙さんも主役もそろったことだし、飲みはじめるとしよう!」
「あんたそればっかだな…」
神楽は胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
こんなに嬉しいのは初めてかもしれない。
「チャイ…神楽、」
「…え、」
誕生日、おめでとう。
END
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