「…次は?清水くん」
「…右」
「右ね?」
ただいまの時刻、4時20分。
大河は野球部マネージャーである綾音に支えられ、家路についていた。
朝から熱があった大河は、得意のポーカーフェイスでそのことを隠していたが、綾音に気づかれ、半ば強制的に家に帰らされていた。(「選手の体調管理もマネージャーの仕事なんだから!」)
試合が5日後に迫っていることもあり、キャプテンである大河は帰るのを渋っていた。
熱があるのを無理して、バッティングセンターにでも行きかねない。
そう考えた野球部員達が、綾音に家まで送るように頼んだのだ。
部員達から凄い剣幕で帰るように言われ、大河は渋々帰る準備をし、綾音とともに学校を後にした。
「大丈夫だって言ってんのに」
「無理しちゃ、駄目。試合も近いんだからね?」
「…だからこそ、」
「…え?」
悔しそうに顔を歪める大河を、綾音は心配そうに見つめた。
「…今が、一番練習しなきゃいけないときじゃん。俺、一応キャプテンだし…」
「…清水くん…」
かける言葉がみつからない。
綾音は俯いた。
(清水くんの気持ちは良く分かる。私が清水くんの立場でも、きっと練習したいと思う。
でも…)
「…でも…」
「…?」
綾音は顔を上げ、大河を見た。
「今無理したら、試合…出れなくなるかもしれないよ!
あのね、清水くん。みんな言わないけど、清水くんを頼りにしてるの。清水くんが試合に出れなくなったりしたら…きっとみんな不安になる。だから…」
「…マネージャー…」
「…だから、無理はしないで…」
「……わかった」
大河は頷き、小さな声で『ありがと』と呟いた。
「お姉さん何時に帰ってくるの?」
清水家の玄関のドアに鍵をかけながら、綾音は尋ねた。
「んー…6時くらい」
「あと一時間半ぐらいね。さ、寝とかないと!清水くんの部屋は?」
「え゛…マネージャーも来んの?」
大河は少し動揺している。
「え、ダメ?」
「ダメっていうか…今かなり散らかってて」
「そんなの気にしないよ!それより、清水くん早く荷物置いて、着替えて寝なきゃ。」
「……」
綾音の有無を言わせない気迫に、観念したように、大河は部屋へ向かった。
「38.5℃…あがってる…」
「ほ、本当?どうしよう…」
「…マネージャー、もう帰れば?大丈夫だよ、姉貴すぐ帰ってくるし。あんたにうつしたくないし」
少し咳が出てきて、苦しそうだ。明らかに『大丈夫』ではない。
「大丈夫じゃないでしょ。またそうやって意地張るんだから…
清水くん、何かいるものとかない?私、買ってくるよ?」
「…何も」
「…そう?じゃあ、おしぼり持ってくるね」
コクリと頷く大河。その目はトロンとしており、頬は朱く染まっていた。
額にヒンヤリと冷たい感触。
「気持ちいい?」
「…ん」
「よかった」
いつもより素直な大河に、綾音は優しく微笑んだ。
「眠れそう?」
「…あんまり」
「うーん…じゃあ何か食べよ!栄養つけなきゃ!私お粥作るから」
「…サンキュ…」
いつもなら『かなり不安なんだけど』などと、イヤミを言う大河。
が、今日は熱のせいでいつもと違っている。
綾音は一瞬驚いたが、再び微笑んだ。
「清水くん…出来たけど、起きられる?」
「…うん」
綾音に支えられ、大河はゆっくり起き上がる。
横になったおかげで、少し心も体も楽になったようで。
「…あれ、普通にできてる」
「失礼ねっ!…お盆、ここおくよ?」
「ん。」
頷いたものの、大河は自分から食べようとしない。
そんな大河に、綾音は心配そうに声をかける。
「…清水くん?大丈夫…?」
「…て…の?」
「へ?」
つぶやかれたその言葉に、綾音は耳を疑った。
「食べさしてくんないの?」
「……」
綾音は硬直し、瞬時に顔を真っ赤にした。
「だ、だって…!」
いつものようにからかっているのだろうか。
しかし、真顔で見つめてくる大河に、綾音はオドオドと戸惑う。
「…マネージャー、俺いちおー病人。」
「う゛…そ、そうだけど…」
(まぁ、家族の人達もいないし…大丈夫かな?)
綾音は意を決して、お粥に手を伸ばす。
「じゃあ…はい」
掬って差し出すと、大河は素直に口を開けた。
恐る恐る口の中に入れる。
綾音は心配そうに大河の様子を伺う。
「ど、どう…?」
大河はニッと笑い、
『スゲーうまい』
と答えた。
「…なんかさ、」
「…?なあに?」
「『恋人』みたいだよね、俺ら」
綾音は危うくお盆をひっくり返しそうになった。
「…な…!こ、恋人って…清水くんが言い出したことでしょ!」
「そうだけど?」
ひょうひょうと答える大河に、真っ赤になりながらムッとする綾音。
「…からかったのね?」
「マネージャーがあまりにもかわいいんで」
再び赤面し、綾音は言葉を詰まらせた。
(…清水くんにはかなわない)
これからも大河のからかいに振り回され続ける綾音であった。
END
あとがき
yukaさん、お待たせしました…!
本当に申し訳ないです。
今回は大河くんに風邪をひいてもらいました(笑)
綾音ちゃんは大河に振り回されて『かなわない』と言ってますが、彼もある意味綾音ちゃんにかなわないんだろうな、と思いながら書きました。
綾音ちゃんのいうことはちゃんと聞く、みたいなね!
とにかく、遅くなりましたが、キリリクありがとうございました!
← →