『あたし今日は用事あるから、先に帰るよ』
野球の練習が終わるなりそういって、薫は慌てながら帰っていった。
(いっけね、遅くなっちまった)
今は、昼の3時。
リトルの練習の後、吾郎は一人でピッチング練習をしていた。あまりに夢中になりすぎて、きがつくと2時間が経過してしまっていた。
(かーさん怒るだろうなぁ〜)
そんなことを考えながら、自転車を飛ばしていた。
その時、路地でよく見知った顔が誰かと楽しそうに話しているのが見えて、吾郎は自転車を停めた。
吾郎の幼なじみであり、倒さなければならない相手−佐藤寿也だ。
「おーい!寿く…」
寿也の方に吾郎は駆け寄ろうとしたが、すぐに足が止まった。
吾郎はその時初めて寿也と話している相手を見たのだ。
「し、みず…?」
「おっす、本田!」
「…おう」
曇り空の月曜日。
いつものように挨拶してきた薫に、吾郎はそっけなく返す。
「…清水」
「ん?なんだ?」
不思議そうに清水は吾郎を見た。
「お前…昨日何してたんだよ」
「昨日は、…か、買い物に行ってたけ、ど…?」
そう言いながら、薫は目線を泳がせる。
「ふーん…誰と?」
「な、なんだよ、どうしたんだ、本田?」
「…別に」
(昨日清水と寿君が2人で…)
吾郎の疑惑は、確信へと近づいていた。
そして、それにつれて心の中にモヤモヤとイライラが広がった。しかし、吾郎自身にはその理由がわからなかった。
明らかに機嫌が悪い吾郎。しかも、薫には特に冷たくあたるため、薫は傷つき、途中から吾郎と口を聞かなくなってしまった。
「おいおい、どうしたんだよ本田?」
「清水さんと何かあったの?」
沢村と小森が心配そうに話しかける。
「…別に…なんでも「ねぇわけねーだろ?」
沢村に言葉をさえぎられため息をついた。
「…しょうがねぇだろ
なんでこんなにイラついてんのか、俺にもわからねぇんだから」
「あ、吾郎君!」
「と、寿くん…」
その日の放課後、吾郎は寿也とばったりあった。
吾郎は昨日みた事を思い出し、またムカムカがつのる。
「今帰り?」
「うん…。まぁ」
「そうなんだ」
いつもと様子が違う吾郎に、寿也は首を傾げながらも、口を開く。
「そういえば、小森君が怪我しちゃったんだってね?清水さんから聞いたよ」
「へぇ、清水から」
吾郎は相変わらずブスッとしたまま、返事をした。
「昨日たまたま会ってね。『小森の代わりにキャッチャーをやるんだ』って
だから、キャッチャーについて何かアドバイスしてほしいって頼まれたんだ」
「え…!待ち合わせして会ってたんじゃないのか!?」
思わず吾郎は身を乗り出した。吾郎の迫力にたじろぎながらも寿也は答える。
「えぇ?違うよ、偶然会っただけだよ?」
「…なんだ、そうだったんだ」
「何、吾郎君もしかして、清水さんが僕とデートしたと思って不機嫌だったの?」
「な、ち、違げぇよ!」
寿也にクスクスと笑われて、吾郎は顔を赤らめた。
その時
「あれ?」
「「清水(さん)!」」
「寿君!‥‥と、」
今朝の事をまだ怒っているのだろう。薫の目は吾郎を捉えると、険しくなった。
それに寿也が気づき、困ったように吾郎に話しかける。
「吾郎君、もしかして清水さんにもあたったの?」
吾郎は気まずそうに目をそらした。
寿也はため息をついて、薫を見た。
「清水さん、悪いんだけど、吾郎君を許してあげてくれるかな?彼、ちょっと勘違いしてただけみたいなんだ」
「勘…違い?」
薫は怪訝そうに吾郎をみた。
「うん
清水さんと僕がデー「だぁぁぁあ!」
笑顔で話していた寿也を、吾郎は慌てて遮った。
薫はキョトンとして真っ赤な吾郎と楽しそうな寿也を見つめた。
「じゃ、僕はこれで」
「お、おう」
「ありがと、寿也君」
「うん、じゃあまた、スタジアムで」
そう言って、寿也は駆け出して行った。
「‥‥」
「‥‥」
「…あのさ、しみ「もういいよ」
薫は呆れたように吾郎を見た。
「そのかわり、」
顔を赤らめて、薫は続ける。
「これからちょっと付き合ってくれる?」
「え…?」
「忙しいなら別にいいんだけど…バッティングセンターに行こうと思っててさ、あんたアドバイスしてよ」
『それでチャラ!』と笑う薫に、吾郎も笑顔で『オウ!』と返した。
そして、最高の1日が始まる。
END
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