冬も近づき、少し肌寒くなってきた今日この頃。
聖秀高校では、秋祭りが行われていた。
…と、言っても開いているのは地域の人々で聖秀高校は場所を貸しているだけだ。
毎年、体育会、夏祭り、文化祭と並んで生徒から人気のある行事である。
校舎では、焼きそば、金魚すくい、輪投げなどをやっており、夏祭りとほとんど変わらないが、ハロウィンが近いということで、仮装して参加するのが決まりになっている。また、おどるのも、盆踊りではなく、2人一組でおどるダンスだ。
このダンスには、あるジンクスがあり、最後の曲で一緒に踊った2人は必ず永遠にお互いを愛しあえる仲になれる、というものだった。
当然、恋人達にとってはかなり重大なイベントで、片思いの人たちにとっても思いをつたえるまたとない機会だった。
一週間前になると、バレンタインと同じぐらいに、教室は騒がしくなり、落ち着きがなくなる。
大河と綾音のクラスもその例外ではなかった。
「ねー、誰かと踊る約束した?」
「できるわけないじゃん、ここの学校男子少ないし。」
「私、ほかの学校の彼よぶんだ♪」
「清水君、もう相手決まってんのかなぁ…」
「え?だめだよ!わたしが先に目をつけたんだから!」
そんな話でキャーキャー盛り上がっているクラスメートをチラリとみて、綾音は溜め息をついた。
彼女らの話題の張本人、清水大河は、今、英語の山田に呼び出されていない。
「ね、綾音ちゃんは、清水君と行かないの?」
「…えっ?」
突然話をふられ、綾音はドキリとした。
「だって、綾音ちゃん、清水君のこと好きでしょ?」
「仲良いしねぇ。」
心配そうに問いかけてくるクラスメートに、綾音は声をつまらせた。
「もしかして、綾音ちゃん、清水君と付き合ってるの?」
「ち、ちがうよ!そんなんじゃないよ!
…わたしの一方通行だから。」
綾音は顔を赤らめてつぶやいた。
『じゃ、ライバルだね!』と、クラスの女子に手を握られ、綾音は苦笑いした。
放課後−
部活が始まる前に聖秀野球部は全員、大河に呼び集められた。その理由は…
「来週の秋祭りに、聖秀の代表として、野球部でだしものすることになったから。」
「「「「へ!?」」」」
野球部の面々は、素っ頓狂な声を出した。
「じゃ、だ、ダンスは!?」
と、渋谷が大河に問う。が…
「で、だしものについてなんだけど…」
無視された。
「何にする?場所は二の三の教室なんスけど。」
「たこ焼き!」
と、渋谷。
「誰が焼くんだよ。ってか、教室なんだけど。」
と、大河。
「宝探し!」
と、また渋谷。
「だから、教室だって。」
と、また大河。
そこで綾音が『あっ!』と、声をあげた。
「スタンプラリーは?」
「だから、教室「そうじゃなくて!」
うんざりしたようにつっこむ大河を遮り、綾音は言葉を続けた。
「この学校のいろんなところにスタンプをおくの!全部集めたら景品がもらえるっていうのでどうかな?」
綾音の提案に、次々と賛成の声があがる。
結局、スタンプラリーに決まり、聖秀野球部は、準備に取りかかり始めた。「はぁ…。」
秋祭り6日前。
綾音は学校から帰るなり、ベッドに倒れこんだ。
準備は順調だったのだが、まだ決まってないこともあった。
衣装だ。
衣装は生徒が自分でつくることになっている。
だが、自分に似合うものがどんなものなのかが分からないため、悩んでいたのだ。そんなとき。
明るいメロディーが綾音の頭の上でなり響いた。
(あれ?この着メロ…清水君!?)
綾音は慌てて携帯を手にとった。
『もしもし、清水く…きゃあ!?』
携帯の向こうから、焦ったような声とともに、ドタバタと音が聞こえ、大河は苦笑いした。
まるで目の前に彼女がいるように、はっきりとどんな状態なのかが浮かんできた。
あいつも驚いたのだろう。メールすら自分からあまりしない俺が、まさか電話をしてくるなんて。
先ほどまで、俺も緊張していたのだが、あいつの声を聞くとそれも馬鹿らしくなってきた。
大河は少し溜め息をついた。
『あぁ!清水君、今私に呆れてたでしょう!』
「あ、分かった?」
『否定してよ!』
一通りいつものあいさつを済ませ、本題にはいる。
「で、どうしたの、清水君?」
「ん、いや、そんな大したことじゃないんだけど…
衣装どんなのがいいかなって思ってさ。意見を聞きに…」
「あ、そっかぁ…」
綾音は大河から電話が来たことですっかり忘れていた。自分も衣装を作らなければならないことを。
「なんか、自分じゃーなにが似合うとかわかんねーじゃん?」
「そうだよね…。うーん…」
「分かんなかったらいいんだけど」
綾音はすっかり黙りこんでしまった。
そして数秒後また、『あ!』と、突然声を上げた。
「海賊!」
「海賊?」
「うん!ピーターパンの海賊みたいなイメージがいいな!」
『えへへ』と笑う綾音に、大河は言った。
「じゃー、アンタ妖精ね。」
「へっ?」
綾音は思わず間抜けな声を出す。
「まだ決まってないんだろ?」
「う、うん…」
「じゃ、妖精な。変えんなよ」
「え、あ、はい…」
「じゃーね」
そう残して、電話は切れた。
綾音は一瞬放心状態になった後、慌てて作業に入った。
綾音は教室の椅子に座って考えこんでいた。
衣装や、教室の準備は完璧。
あとは本番である、明日がくるのを待つだけ。
結局、大河はダンスに誘われてもすべて断っていたらしい。
しかも、その断り方が
『先客がいるから。』
・・・・・。
知らなかったよぉ〜…!
綾音はずっとブルーに入っていた。
(やっぱり…。清水君モテるもんね…。)
「はぁぁ…。」
「何ため息ついてんの?」
「きぁぁぁあ!」
突然声をかけられ、綾音は椅子から転げ落ちそうになる。
目の前には、先ほどまで頭に浮かんでいた人物。
「ひど。『きぁぁぁあ!』はないっしょ?」
「し、清水君!だって!急に現れるんだもん…」
「え、さっきから居たんですけど」
「え!?ウソ!」
『気付かなかった…』と、綾音は少し焦った。
「マネージャーの百面相見んの、面白いから好きだけど、なんか悩み事あるんなら言えよな」
「う、うん‥。」
(心配…してくれてるの…かな?)
ポーカーフェイスな彼からはなかなかわからなかったが、綾音は少し嬉しくなった。
「早く道具片付けて帰ろうぜ。」
「うん!」
そして、当日
「わぁ…!」
綾音は思わず目を丸くした。
周りは仮装したひと達でいっぱいだった。
魔女や狼、ドラキュラなど、ハロウィンのような仮装から、アニメのキャラクターの格好などひとそれぞれだった。
自分の衣装の入った紙袋を片手に、綾音は部室へ走った。
角を曲がると突然、誰かにぶつかった。
「きゃ…!?」
「危なっ…!」
パシッと腕を掴まれ、綾音はこけずにすんだ。
「ごめんなさ…って、清水君!?」
「マネージャー!?」
目の前に現れた大河に、綾音は目を丸くした。
「すごーい!海賊!うまいねー!」
「まぁね。それより、アンタ大丈夫?」
「へ?あっ、うん!私は全然平気!」
『ありがとう』と、言うと、大河はゆっくりつかんでいた手を離した。
「みんなは?」
「もう着替えて教室行ってる。」
くいっと親指で校舎を指し、大河は言った。
「部室誰もいないし、着替えれば?」
「うん、そうするね!」
緑色のワンピースに、真珠、羽をつけた綾音は少しドキドキしながら、部室のドアをあけた。
少し肌寒い風に、身震いした。
「へー、ケッコー似合うじゃん、妖精。」
「し、清水君!?」
綾音は驚いて声を上げた。
ちょうどここからは、大河の居場所は見えなかったのだ。
「ま、待っててくれたの?」
「さぁ?」
照れたように背を向けた大河に、綾音はクスリと笑みをこぼした。
「ありがとう!」
PM5:00
秋祭りが始まった。客足は好調で、野球部は絶えず働いていた。だが、一時間ほど経ったとき…
「悪い、オレ、抜けるわ。」
突然の大河の発言に、野球部一同、目が点になる。
「清水君!?ダメだよ!忙しいのに!」
綾音が慌てて言うと、大河が綾音の手をつかむ。
「何言ってんの。アンタもくるの。」
「えっ?ちょっ…」
突然のことに、綾音は頭が回らない。大河に引かれるままに走り出した。
「ズルいっすよ!キャプテン!」
渋谷に、服部が言った。。
「お前、知らねーの?ティンカーベルは、フック船長にさらわれるんだよ。」
「あぁ!演出ッスか!」
納得する二人に、みんなは呆れ顔だった。
「ちょっと!清水君!」
「何?」
何事もなかったかのように言われ、思わず言葉に詰まる。
「何じゃないよ!どうするの、野球部!」
「あいつらなら大丈夫でしょ」
けろりとして答える大河に、綾音はまたため息をついた。
「でも「それより…」
綾音の言葉を遮り、大河はポケットから何かを取り出した。
「あっ、それ…!」
スタンプラリーの台紙だった。
「一枚もらって来たから。休憩ってことで。」
ニヤリと笑った大河に、思わず綾音も笑ってしまった。
射的、輪投げ、ヨーヨーすくい…と、2人はとても楽しんだ。
一時間ほどすると、2人の手には、たくさんのお菓子や食べ物でいっぱいになった。
スタンプも残りひとつ。
「最後のはどこに置いたんだっけ?」
大河が綾音に問う。
「えっと…、あと行ってないのは…」
「「…屋上!?」」
同時に2人は言った。
PM7:00
空はもう暗くなり、星も出始めた。
「あった!」
とりあえず荷物をベンチに置き、最後のスタンプを『ポンッ』と押した。
「やったぁ!やったね、清水君!」
飛び跳ねて喜ぶ綾音に大河は苦笑する。
「アンタ喜びすぎ!」
「い、良いでしょー!せっかく全部集めたんだから!」
「はい、はい。」
まだ『ククク…』と笑ってる大河にむぅっとしながら綾音はふとグラウンドの方を見た。
「あぁぁぁあっ!!!」
「うわ!」
急に声を上げた綾音に、大河は驚いて肩をビクッと揺らした。
「清水君!大変!」
「な、なんだよ、急に…」
「始まっちゃうよ!」
「?何が?」
頭に疑問符を浮かべている大河に、綾音は驚いて言う。
「何って…ダンスだよ!」
「あぁ…」
「清水君も…誰か、踊る人、いるんでしょう…?」
正直、聞くのは怖かった。
だが綾音は、消え入りそうな声で震えながら聞いた。
「…うん。」
「…!」
たったの二文字の言葉を言われただけだったが、綾音にはグサリと刺さる。
悲しそうに綾音はうつむいた。が、次の瞬間彼女は耳を疑った。
「…アンタ。」
「…え?」
綾音は顔をあげ、大河を見た。大河は、少し照れながらも、まっすぐと彼女を見つめていた。
「最初っから、マネージャーと踊るって、俺は決めてた。」
「清水く…!」
そっと綾音の手をとった。
「俺と…踊ってくれるよな?」
綾音は静かに涙を流す。
そして、答えた。
「…はい…!」
『それでは、ただいまより、ラストダンスをはじめます。』
優雅なクラッシックが流れ、たくさんの生徒が踊っている。
そんななか、大河と綾音は屋上で2人きりで、踊っていた。
もう、綾音の目に涙はなく、2人は笑顔だった。
2人にかけられた魔法は、曲が終わっても、とけることはなかった。
End
← →