「いったぁい!」
台所からあがった、悲鳴にも近い声に、大河は呆れながら振り返った。
「…本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ、大河くん!」
「…血入りの肉じゃがなんていらないからね」
「そんなの入ってませんっ!」
顔を真っ赤にして憤慨する綾音に、大河は苦笑する。
大河の両親は友達の結婚式、姉の薫は大河の先輩である茂野吾郎とデートでいない。
薫は大河を心配してか、綾音に晩御飯を作るよう頼んだのだ。
そんな彼女が2時間前から作ろうとしているのが、肉じゃがだったのだが。
「綾音、大丈夫?」
「だ、大丈夫だって!」
「血ィでてんじゃん」
「う゛…」
綾音は赤くなり何も言わずに黙ってしまう。
張り切っていたぶん、失敗ばかりで恥ずかしくなったのだろう。
そんな自分の恋人が、とても愛らしく思えた。
しかし、彼の性格からして、そんなことを素直に言えるわけなく。
「はぁ…」と溜め息をついて包帯を取りにいく。
「ほら、手、かして。消毒するから。」
「う、うん…。」
綾音は素直に左手をさしだす。
すると突然、大河は何かをひらめいたようにニヤリと笑った。
(こ、この顔は…)
“何か企んでいる”
綾音は嫌な予感がした。
その矢先。
ペロリ
「…ひゃぁ!」
大河が綾音の指を舐めた。
「な…なな何っ!?」
綾音は瞬く間に顔を真っ赤に染め上げる。
「何って…消毒?」
ケロリとして、大河は答える。
「あれ〜?綾音サン?なんで顔が真っ赤なんですかぁ?消毒しただけなんスけど〜。」
「…大河くんのイジワル…」
「意地悪で結構。」
大河はニヤリと笑った。
(痛みがドキドキで飛んでいっちゃったよ…)
あなたは私の特効薬
(お、うまいじゃん、血入り肉じゃが。)
(入ってないもん!)
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