泥だらけになりながらボールを追いかけた、高校生活が終わり、1年が経った。
大学生二年生になった大河は、B組の一番窓際の席に座り、ポカポカと暖かい日に当たっていた。
卒業してから、あいつには会っていない。
ということは、丸一年会っていないということだ。
(今頃何やってんだろ)
授業も終わり、みんな帰りはじめたので、のろのろと教科書をしまう。
テスト期間中で、部活もない。とりあえずかえって勉強するつもりだった。
───『だった』。
つまり過去形。
ガラッと教室のドアが開き、クラスメートが飛び込んできた。
「おい大河!」
「なんだよ、でかい声出しやがって」
にかにかと笑いながら大河に近づいてくる。
「校門のとこ、見てみろよ。」
そういって、大河のすぐ隣の窓を指す。
その窓からはちょうど、この男子校の入り口が見えるのだ。
「なんで?」
大河は面倒くさそうに聞く。
「いいから見てみろって。すんげー美少女がいるから!」
「美少女?」
いくら美少女でも、女には興味ない。四年前から、1人を除いて。
大河は軽く流そうとした。が、次の言葉を聞いて、動きがぴたりととまる。
「それがさー!長い黒髪で肌がすんげー白くて細くてさ、まるで人形みたいだったんだよ!」
すべてが当てはまる。
(まさか…いや、ありえないよな。)
そうおもいつつも、目を校門の方にやる。
そこにいたのは紛れもなく、彼女だった。
(…来ないなぁ、清水君…)
綾音は、大河の大学の校門のところで、不安げに立っていた。ここは男子校なのだ。不安でないはずがない。
セーラー服を着た自分を見る視線が、怖い。
(間違ったのかな…?でも、確かにここだって…)
「ねー、彼女何してるのー?」
「可愛いねー!」
「俺達と遊ばない?」
突然声をかけられ、綾音は戸惑う。なにしろ、こういうことになれてないのだ。
「あ、あの…?私用事が…」
「いーじゃん!ちょっとだけ!」
そう言って、男たちのうちのひとりが綾音の手をつかんだ。
「…!いや!!…っ、はなしてください!」
(怖い…!)
「おい。」
低いが、よくとおる声がして、全員振り向く。
「「「し、清水!」」」
「清水君!?」
綾音はホッとして、涙がたまっていた目をこすった。
「悪いけど、はなしてやってくんない?…そいつ、俺の知り合いだから。」
そう言って、大河は綾音をつかんでいる男の腕をつかんだ。
さすが野球部で元ピッチャーなだけはある。すごい握力だ。
「い、いてててててっ!!!わ、わかった、わかったはなすから!」
男たちは、そそくさと逃げて行った。
『…はぁ…。』
と大河は大きく溜め息を一つつくと、くるりと振り返った。
「…何やってんの?」
「え、えと…」
思わず綾音は口ごもる。
「ひ、久しぶりにすごく清水君に会いたいなぁ〜…って思って…」
正直、大河は嬉しかった。
自分にわざわざ会いに来てくれていたことが。だが、そんなことを素直言えるはずもなく。
「ばっかじゃねーの?こっちはいい迷惑だよ。」
ついついキツく言ってしまう。
「…ゴメン、なさい」
シュンとなる綾音をみて、大河はプッと吹き出した。
「…っえ!?」
「嘘だよ、う、そ。」
「う、嘘!?」
「別に迷惑じゃねーよ。ただ…」
急に言葉を切る大河に、綾音は首を傾げた。
「…ただ…?」
「ただ、会いたいときは、連絡しろよ。迎えに行くから。」
顔を背けながら大河がは小さな声でつぶやいた。
だが、綾音には、しっかりと聞こえていた。
「…うん…!ありがと、清水君!」
「…ん。じゃ、どっかいこうか。」
そう言って、左手を大河が差し出す。
綾音はその手をみて驚いたが、にっこり笑って握った。
好きだから、会いたい
好きだから、守りたい
好きだから、危険な目に合わせたくない
好きだから、手をつなぎたい
好きだから…
大好きだから…
これからもずっと、隣で笑っていたい
今までも、これからも、永遠に…
好きだから
(で、どこいく?)
(えっとねー、バッティングセンターとか?)
(え゛…セーラー服で…?)
END
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