ともさんへ
もう10月だというのに、茹だるような暑さの中、聖秀学院では体育祭が行われることになっていた。
もともと女子校だったこともあり、男子は数少ない競技に強制的に参加させられる事になっていた。
もちろん、大河も。
大河と綾音が男女4人で走るクラス対抗混合リレーに出ると決まったのは一週間前だった。
部活などを考慮し、大河は野球部員なので言うまでもなく。そして綾音は、どちらかというと運動は苦手で、速いわけでも遅いわけでもなかったが、他の競技にも戦力を均等に分けた結果だった。
綾音は、他のメンバーに迷惑をかけてしまうのではないかと心配でならなかった。
なにせ、野球部の大河に、バレーボール部の近森、バスケ部の西田…と体育会系ばかり。
正直に自分が場違いだとしか思わなかった。
自分がみんなの足を引っ張ってしまうにちがいない。
綾音は大きなため息をこぼした。
「ちょっと、俺の真横ででっけーため息つかないでくんない?俺の分まで幸せが逃げそうなんですけど」
隣の席の大河の嫌みはいつものことだ。最近は綾音も気にしなくなった。彼なりに心配してくれているのだ。
「清水くんはいいよねー、足速いもん。他のみんなも足速いし…」
「…マネージャーも遅くはないと思うけど…てか、アンタの足の速さも考えてこの組み合わせなんだし、気にすることないよ。」
「……それは…そう、だけど…」
眉間にシワを寄せる綾音。
人一倍責任感が強い、そんな彼女の性格を熟知している大河は、先ほどのお返しと言わんばかりの大きなため息をつき、困ったように頭をかいた。
「んじゃ、朝練でもする?」
「へ?」
毎朝大河が野球の練習を屋上でやっていることは、綾音も知っていた。その時間をリレーの練習に当ててくれるらしい。
「一週間しかないから、足の速さ自体はあんまり変わんないかもだけど…、バトンパスとか、走り方とかいろいろ…」
普段面倒くさがりな大河がここまでしてくれることに、綾音はとても喜んだ。
「よろしくお願いしますっ!」
翌日の朝から練習が始まった。
アドバイスをもらいながら、綾音は少しずつ上達していった。
特別足が速くなった訳ではなかったが、一週間後の本番には、少し自信がついていた。
しかし
“クラス対抗男女混合リレーに出るひとは入場門に集まって下さい”
(い、いよいよだわ…)
集合のアナウンスがかかると、綾音の緊張感はピークに達した。
クラスの声援を受けながら、入場門へ向かう。
「何緊張してんの」
「ひゃあ!…し、清水くん!」
後ろからいきなり背中を叩かれ、思わず叩いた本人を睨みつける。
「いきなりびっくりするでしょ!」
「…いつもどおり走ればいいから」
恥ずかしいのか、顔を背けながら大河は言った。
そんな彼を見て、綾音は少し驚いてクスクス笑った。
先ほどまでの緊張感は、ほとんど和らいでしまっていた。
近森がバトンを受け取り、スタート地点につく。
第一走者の近森、第二走者の西田で差をつけ、第三走者の綾音に回し、アンカーの大河でゴールする、という作戦だった。
「位置について、用意!」
グラウンドが一瞬静まり返り、ピストルが鳴った。
一瞬出遅れた近森だったが、あっという間に他のクラスを追い越し、トップに踊り出た。ぐんぐん差は開き、そのままバトンは西田の手に渡った。
西田は他の追随を許さないまま、むしろ差を大きくしながら、グラウンドを駆ける。
次は綾音の番だ。
大きく深呼吸し、スタート地点につく。
「鈴木!」
「はい!」
左手でバトンを受け、右手に持ち替え、とにかく走る。
後ろは振り返らず、何も考えずに走った。
大河のところまであと20メートルというとき、ホッとして、気がゆるんでしまった。
「…っぁ!」
(うそ!)
視界が、地面でいっぱいになった。
瞬時に恥ずかしさと焦り、悔しさ、痛み、絶望で目の前が真っ暗になる。
その横を走り抜ける他の選手達。
(わたしのせいで…!)
「綾音!」
自責の念を遮るように呼ばれた名前。
綾音はハッとして、スタートラインで自分を待つ大河を見た。
「走れ!」
まるで魔法にかけられたらように動きだす足。
綾音はまた立ち上がった。
(負けたくない…!早く清水くんに、バトンを渡さなきゃ…!)
綾音の眼には、もう大河の姿しか映っていなかった。
「ごめん、清水くん…っ!」
バトンを受け取った大河はにっと笑った。
「まかして」
「綾音ちゃん、大丈夫!?」
近森が慌てて心配そうに寄ってきた。
「う、うん…ごめんなさい…わたし…」
申し訳なさそうに謝る綾音に苦笑しながら西田が言った。
「謝るのはまだ早いみたいだぜ?」
「え…」
湧き上がる歓声。目線の先には、ものすごいスピードで他クラスに追いつき、追い越して行く大河の姿。
まるで風の抵抗がないかのように走っている。その目は野球をしているときのように真剣だ。
一位との差をぐんぐん縮めていく。
ゴールまであと30メートル。
(あとひとり…!)
綾音は怪我の痛みも忘れて祈る。
−−清水くん…!勝って…!
そしてついに大河は一位に並び―――追い越した。
それはちょうどゴールから20メートル前…まさに綾音が先ほど転んだ場所だった。
「いやー、お見事、お見事!」
見事一位の旗を持って帰ってきた大河をバシバシ叩きながら、西田は満足そうに言った。
「当然っしょ」
迷惑そうに、でも照れくささを隠しきれないような様子の大河。
「綾音ちゃんも頑張ったね!」
「ちょっと途中はヒヤッとしたけど、ま、『終わりよければすべてよし』っていうしな〜!」
ちょっと困った様子で、どう返事をしたらよいか迷っていた綾音を庇うかのように、大河が口を挟む。
「何言ってんの。マネージャーは他のクラスにハンデあげたんじゃん」
シレッと言い切る大河に、西田、近森、綾音は一瞬キョトンとして、思わず吹き出した。
「うわ…遠回しに自分の足が速いって言ったよコイツ」
「本当のことだろ」
そんな大河のポーカーフェイスを崩したくて、近森と西田は大河をからかい始めた。
「なによ飄々としちゃって〜、さっきは相当動揺してたくせに♪」
「そうそう、どさくさに紛れて『綾音』なんて呼び捨てにしてさぁ」
「んなっ…!あ、あれは…!」
大河と綾音の顔はみるみる真っ赤になっていく。
「普段は面倒くさがりなくせに、鈴木のことになるとこれだもんな」
「…っ別に…コイツの為じゃねぇし…っ!」
「そんな顔で言われても説得力ねぇし」
「ありゃまー、噂通りのツンデレだこと」
ニタニタしてからかう二人に耐えられなくなった大河は、真っ赤になった綾音の手首をつかんだ。
「…っマネージャー、怪我したとこ洗いに行こ!」
「…え、あ、はい…!」
恥ずかしさからズンズン進む大河に引っ張られるままに、綾音はついていく。しばらく無言だった二人だが、綾音が怪我をしていたことを思い出した大河は少し歩くスピードを落とした。
「マネージャー、」
「え?」
「大丈夫?足」
「う、うん」
“マネージャー”
戻ってしまった呼び方に、綾音は少しの寂しさを感じた。しかし、嬉しかった。
自分の為に一生懸命やってくれた大河。
思わず笑みがこぼれる。
呼び方は戻ってしまったが、いつの間にかつながった二人の手は、どんなに周りの視線が注がれようと、離れることはなかった。
END
あとがき
ともさん、お待たせしました!
久しぶりに書いたためか以前にも増してまとまりがない文に…スミマセン…
面倒くさがりっぽい大河が綾音ちゃんのためなら一生懸命になる、というのを書きたかったのですが…
綾音ちゃんのせいにされたくないがために大河くん必死です(笑)
からかえているのか微妙な二人(笑)も含めてタイトルは川嶋あいさんの曲からです。
これも私的には大綾ソングです
楽しく書けました♪
ステキなリクエストありがとうございました!
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