1月2日。薫は聖秀ソフトボール部のチームメイトと共に、初詣に来ていた。
「ひゃー、やっぱり混んでるわね」
「まあいいじゃない。ゆっくり行こ!」
そんな会話を交わしながら、薫もなれない着物と履物に、ゆっくりと進んでいた。
その時、良く見知った顔を発見し、薫は足を止めた。
「あれ…?」
「…しみっちゃーん?どうしたのー?」
「あ、ごめん!先に行ってて!後で連絡するから!」
『わかったぁ』という友人を見送ってから、薫はその人物がいる木の下に向かった。
(どこいっちゃったんだろう…みんな…)
「真吾くん?」
頭上から聞こえた声に、真吾はパッと顔をあげた。
そこには、なんだか見覚えがある女性がいた。
しかし、思い出せない。
『…?えっと…』と真吾が首を傾げると、女性は少し慌てたように言った。
「あ…と、覚えてないかな。前に、真吾くんのお家でカレー作った…
吾郎お兄ちゃんのお友達の、清水薫です」
「カレー?」
じょじょに蘇る記憶。しばらくして、真吾は顔を輝かせた。
「りんごカレーのおねーちゃんだ!」
「あ、思い出してくれた!よかったぁ」
「まえよりきれーからわかんなかった!」
嬉しい事を言ってくれる。薫は笑顔で『ありがとう』と言った後、兄とは大違いで素直な子だ。と心の中で苦笑いした。
「…そういえば真吾くん、今日は一人で来たの?」
そんなわけがないと分かっていながらも、薫は真吾を傷つけまいと、少し気を使って聞いてみた。
すると案の定、真吾は恥ずかしそうに、今にも消え入りそうな声で
『…パパとママとごろー兄ちゃんとちはるときたの』と言った。
その後、少しムキになったように顔を赤くして、薫に言った。
「でも、みんながまいごになっちゃったんだ!」
(わぁー、こういう負けず嫌いなとこは本田に似てるなぁ)
顔を真っ赤にし必死に弁解してくる真吾の話を聞きながら、薫はそんなことを思った。
「…じゃあ、みんなを探しにいこっか。真吾くんがみんなを心配してるみたいに、きっとみんなも真吾くんを心配してるよ」
薫の言葉に、真吾は笑顔でおおきく頷いた。
薫は携帯を取り出し、友人達に連絡を入れた。
“ごめーん!知り合いに会ったから、先にお参りしてて”
「――送信っと。よし!」
再び真吾に向き直った薫は屈んで手を差し出した。
「いこっか」
「うんっ」
差し出された手を、真吾はギュッと握った。
人混みの中を歩きながら、薫と真吾は茂野一家を探すが、なかなか見つからない。
しかし真吾は知り合いに会えてホッとしたのか、笑顔で話しかけてくる。
「カレーのおねーちゃん」
「なあに、真吾くん?」
「あのね、おねーちゃんは、やきゅーすき?」
「野球?うん、大好きだよ」
そういうと、真吾は嬉しそうに笑って見せた。
つられて薫も笑顔になる。
「真吾くんは、吾郎お兄ちゃんとキャッチボールしたりするの?」
「うん!きのうもやったよ!」
『ボク、ごろー兄ちゃんのボール、ホームランしたんだよ!』と、自慢げに話す真吾。
「へぇー、すごーい!」
「えへへ…でも、ごろー兄ちゃんもすごいんだ!」
そうして、いかに吾郎がすごいかを真吾は薫に話して聞かせた。
「ね、すごいでしょ!」
「うん、すごい!カッコイイお兄ちゃんだね」
よっぽど兄が好きなのだろう。真吾は自分が褒められた時と同じように…それ以上に喜んだ。
「真吾くん、吾郎お兄ちゃんが大好きなんだね」
「うん!
…カレーのおねーちゃんは?」
「へ!?」
思わぬ切り替えしに、薫は間抜けな声を出した。
「カレーのおねーちゃんは、ごろー兄ちゃんのこと、すき?」
「えっ…と」
思わず言葉につまる薫。相手は子供だと分かっていても、やはり恥ずかしい。だんだん頬が赤くなるのが分かった。
そうとは知らず、真吾の表情はじょじょに悲しいものになってくる。
「…カレーのおねーちゃん…ごろー兄ちゃんのこと…嫌いなの?」
「えっ、あ、いや…
ううん!好き!好きだよ!」
慌ててそう言うと、真吾はホッとしたように『よかったぁ』と言った。
(な…なんか…変な汗かいちゃった)
少々取り乱している薫に、真吾がさらなる追い打ちをかける。
「じゃあ、いつケッコンするの?」
「け…!?」
もはやなにも言えず顔を真っ赤にして口をパクパクさせている薫とは対照的に、真吾は期待に満ちた表情で薫を見つめている。
「や、あのね、真吾くん、私達まだ高校生だしっ!というか、私達は…そう!友達っ!友達だからっ」
子供相手に、真剣に話す薫。
「コイビトじゃないの?」
「ちっ、違うよぉ〜!」
「そっかぁ…。でもボク…
ごろー兄ちゃんのおよめさんはカレーのおねーちゃんがいい!」
「え、」
思わず吾郎との結婚式を想像してしまった薫は、ついに顔を真っ赤にして固まってしまった。慌ててその想像を追い払う。
「そ、そそそれよりっ!あっちの方見に行ってみよっか、真吾くん!」
「うんっ、いこー!」
薫の手をひき、走り出した真吾に、薫はこっそりと安堵のため息をもらした。
その時、
「真吾ー!」
「!!」
「あ!」
聞き慣れた声がして、薫と真吾は同時に振り返った。
見ると、吾郎が汗だくになりながら走って向かってくるところだった。
「ごろー兄ちゃん!」
「このバカ、あんだけはぐれるなって言ったのに…心配しただろーが!」
「ごめんなさい…」
「ったく…」
真吾を叱りつけた後、吾郎は振り返り、面倒を見てくれていた人物に礼を言おうとした。
「すんません、弟が……」
そして薫の顔を見て固まった。まじまじと薫の格好を見て、再び薫の顔を凝視した。
薫は気まずそうに視線を泳がせる。
「……」
「……」
「…なんだ。清水か」
「第一声がそれかよ!」
相変わらずの吾郎のボケに薫は思わず突っ込んだ。
(久しぶりの再会に『なんだ』はないだろ!)
「あー、ワリィワリィ。『孫にも衣装』だな、清水!」
「あんた意味分かって言ってんの?しかも漢字違うし!」
久々の幼なじみとの掛け合いに、吾郎は楽しそうに笑った。
「つーか、お前一人で来たのか?」
「ううん、友達と…」
そこで薫は忘れていた友人達の事を思い出した。
「なんだ、お前も迷子かよ」
「ちげーよ!」
慌てて連絡をしようと携帯をとりだすと、その時着信が。
吾郎に『ちょっとごめん』と言ってから薫は電話に出た。
「も、もしもし!」
“あ、薫?”
「うん、ごめんね、今…」
“あー、いいの、いいの!”
「へ?」
“あたしらはあたしらでお参りするから、薫もお参りしてきな――”
―――茂野くんと!
「…!!っな!なんで!?」
どこからかみていたに違いない。薫はキョロキョロと辺りを見渡すが人が多く、友人がいるかどうか確認出来ない。
“じゃあね!”
「ちょ、ちょっと!」
切られた電話が虚しく耳元でツー、ツー、という音をたてていた。
おおきくため息をついた薫を真吾は心配そうに、吾郎は不思議そうに見た。
「どうしたんだ?」
まさか“お前とお参りしてこいって言われたんだよ”などと言える訳もなく。薫はどう答えようかと困ってしまった。
そうと知ってか知らずか、吾郎は明るく言葉を投げかける。
「なんだ、お前、友達に見捨てられたのか!」
「な、なんだよその言い方は!」
(あながち間違っちゃいない気もするけど…!)
するとそれまで二人を交互に見ていた真吾が口をひらいた。
「ごろー兄ちゃん、ボク、カレーのおねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」
「ん?あぁー、そうだなぁ…」
真吾の言葉を聞き、吾郎は薫をチラリとみた。
「正月早々女一人でお参りってのも可哀相だしなぁ」
「なんだとコラ!」
「おねーちゃん、もうおまいりしたの?」
「え…してない…けど、」
吾郎と真吾と会話をしながら、薫はどんどん二人のペースにはまっていっている気がした。
「じゃあちょうどいいじゃねーか」
「でも…親子水入らずなのに」
「んだよ。気にすんなよそんなこと。真吾やかーさん達も喜ぶぜ」
『かーさん、お前の事気に入ってるみたいだしな』と話す吾郎と、目をキラキラさせている真吾に見つめられて、しばらくして薫も『じゃあ、お言葉に甘えて』と小さく頷いた。
「真吾!…見つかったのね!よかった…って…
あらっ!もしかして清水さん!?」
「あぁ、病院の時の…!」「あ、はいっ。明けましておめでとうございますっ!」
「おめでとう。今年もよろしくね」
桃子と英毅に緊張しながらもペコペコ挨拶をする薫。そんな彼女をニコニコと見つめる桃子。
「今日は、一人で…って、そんなわけないわよね」
「えっと…ちょっと事情があって」
困ったように口ごもった薫に代わって、吾郎が口をひらいた。
「こいつ友達に見捨てられたみたいでさ、なんか可哀相だったから拾ってきた」
「だから違うって言ってんでしょ!しかも『拾った』って、捨て犬みたいに言うなっ」
「あぁ、そーかそーか。間違えたぜ。『迷子』だったな!」
「ほ〜ん〜だ〜!」
言い争う二人をよそに、今度は真吾が説明し始める。
「あのねママ、カレーのおねーちゃんはね、ボクといっしょにママたちをさがしてくれてたの」
「まぁ。そうだったの…ありがとう。ごめんなさいね、清水さん。」
「い、いえいえっ。」
吾郎に向けていたムッとした顔から一点、少し照れたような笑顔で首を振った。
「ねぇー、ママ、おねーちゃんもいっしょにおまいりしたい!」
「そうね!それがいいわ!どうかしら、清水さん?」
「あ、はい!ぜひ…!」
そうして薫は茂野一家とともにお参りに向かった。
(しまったな…)
茂野一家と並び、お参りした後、帰り道への石段を下りながら、薫は顔をしかめた。
どうやら慣れない下駄に、靴ずれしてしまったようだ。それでも気づかれまいと、薫は平静を装っていた。
しかし、
「…どうした?」
「…へっ!?」
明らかに様子がおかしい薫。いつになく心配そうに、吾郎は彼女の顔を覗き込んだ。
するといきなり現れた吾郎の顔に、驚いた薫はわたわたと慌てて後ずさった拍子に足を滑らせた。
「きゃ、」
「…っあぶね!」
とっさに吾郎は薫の腕を掴んで引き寄せた。
「…ったく…気ィつけろよ、大丈夫か?」
「ご、ゴメン…大丈夫…っ!」
「お、おい…」
その瞬間、またもや痛みで顔が歪む。それでもすぐに笑顔を作り吾郎に向けた。
「ゴメンゴメン!…ちょっと、疲れただけ!」
「………」
「吾郎ー!清水さーん!入り口で待っとくわよー!」
気をきかせようと思ったのか、桃子が階段のずいぶん下の方から声をかけてきた。
それに適当に返事をして、彼女達が行ったのを見てから、吾郎は薫に向き直った。
そして『ん。』と、ぶっきらぼうに右手を差し出した。
その差し出された手をみて、薫は目を丸くした。恐る恐る控えめに、そのごつごつした大きな手に触れた。
(おっきい手…)
小学生の頃とは全然違うその手に、薫は落ち着かない。
ふと吾郎を見ると、目があった。すると吾郎はニヤリと笑っていった。
「掴んどかねーと、またこけそうだからな」
「んなっ…!」
『なんだとー!』と怒る薫を見て、楽しそうに笑う吾郎。そして薫も、それにつられて、足の痛さも忘れて笑ってしまうのだった。
END
…遅くなっちゃった…
本当はもっと真吾くんに二人が振り回される予定だったんだけど…残念!リベンジしたいな。
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