「清水くん!」
呼ばれて、声がした方に、大河は顔を向ける。
見ると、艶やかな長い黒髪を揺らして、危なっかしげにトコトコやって来るマネージャー…鈴木綾音の姿があった。
呆れて小さなため息をつきながら、大河は席を立ち、彼女の方に近づいた。
彼らが野球部のキャプテンとマネージャーであることは、このクラスどころか、学年のほとんどが知っている事だったので、気にする者はほとんどいない。
「何、どしたの?」
最初の頃こそ、綾音をうっとうしいなどと正直思っていた大河だったが、彼女の存在が大きくなっていたと彼が気付いたのは、つい最近の事だった。
「うん、あのね、これ」
「これは…!」
綾音からずっしりとした書類を受け取り、大河は驚いた。
(市名坂高、江沢学園、浪越学園、鈴蘭台高校ののデータ…)
細かく書かれた文字達を見て、大河は思わず感嘆の声を上げた。
(ホンット仕事早いな…さすがだよ)
などと思った大河だが、そんなことを素直に言える性格でもなく。
「まーまーいんじゃない?」
そう返した大河だったが、綾音には彼の言葉の真意がわかったようだった。
綾音はホッとしたように少し微笑み、
『ありがとう』
と言った。
しかし、大河は気付いた。
「…マネージャー…昨日…、ちゃんと寝た?」
「へ?」
彼女の目の下に、うっすらと隈が出来ているのを。
「隈…出来てるけど…大丈夫?」
「あ、大丈夫、大丈夫!これくらい!」
(データを頼んだのは、つい二日前なのに。それをこんなに早く…)
大河は綾音が書いたデータを見、疲れた表情の綾音を見つめて、感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その時、不意に綾音と視線が交じり合い、大河はどきりとする。
綾音はさらにニコッと笑っていった。
「清水くん、大好きなんだね」
彼女の話が突然変わるのはよくあることだったが、思わず大河は一瞬固まった。
「………何が?」
「何って、『野球が』だよ!」
その言葉を聞き、大河は安心と落胆の両方を感じた。
そんな彼に気付くことなく、綾音は続ける。
「だって、野球やってる時の清水くん、すごく楽しそうだもん」
「…そう、か」
「うん!」
自分に向けられた笑顔に、大河は胸の中が温かくなるのを感じた。
「…マネージャーってさ、なんでマネージャーやってんの?」
「え?」
これは前から気になっていたことだった。
(『佐藤先輩』が関係してるんだろな)
大河は確信していた。
「…中学一年生の時まで、私、野球には興味なかったの。」
ぽつりと綾音は語り出した。
「でも…佐藤先輩を好きになって…先輩に近づきたいがために、私は野球の勉強を始めたわ」
綾音は恥ずかしそうにそう呟いた。
大河は綾音の話を黙って聞いている。
「そうやって野球を知るうちに、だんだん『野球が』好きになったの
それでマネージャーも始めた…
だから、野球と出会わせてくれた佐藤先輩は大切な人なんだよ」
そうきっぱりと言う綾音。
大河はいろんな思いを持ちながらも、彼女を見つめた。
「それに、野球がなかったら清水くんやチームのみんなとも仲良くなれなかったかもしれないもんね」
「…さあ、そうかもね」
「やっぱり、佐藤先輩には感謝してるの」
綾音の表情からは本心を読み取れなかったが、大河には彼女が以前と少し違うように感じた。
「マネージャー、」
「?」
「勝とう、な」
「うん!」
END
あとがき
ナオさま、リクエストありがとうございました!
大綾の小説…でよかったんですかね…
実はリクエストしていただいていた内容が小説かイラストか字数がオーバーでわからず…(泣)
申し訳ありません。
イラストでしたら描きますので、おっしゃって下さいね。
小説もリクエストし直し可能ですので!
キャプテン大河とマネージャー綾音の話が書きたくてこうなっちゃいました。
気に入っていただければうれしいのですが…
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
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