mha dream | ナノ


▼ 一言多い。一言足りない。

「ど、どうしよう……」
校舎隅のベンチで一人項垂れる。なぜこんな寂しいことになっているかというと、事の発端は今日の昼前にまで遡る――。

今日は普通科では調理実習が行われた。今日はクッキーを焼いて、そのクッキーは持って帰れたわけだが……
「ねぇ、誰に渡す!?」
「そんなの決まってるじゃーん!」
「え〜私どうしよ〜、受け取ってもらえるかなぁ……」
……まぁ、こうなるわけで。
女子たちは手作りクッキーを誰に渡すか浮き足立っていたし、男子も男子で貰えるかソワソワしていた。
私は密かに想いを寄せる物間に渡そうかと思っていたんだけど……
「物間くん、はいこれ!」
「私のも受け取って〜!」
「物間くんの為に頑張って焼いたよ!」
物間はモテる。中身はアレだが、見た目は良いし、ヒーロー科というレッテルも上乗せでまぁ普通科女子からはモテることモテること。
昼休みに渡しに行こうかと思ったが、あまりの人に思わず尻込みしてしまい、大人しく撤退してしまった。
その後も渡すタイミングが見つからず、放課後に至る。

「物間、帰っちゃったよなぁ……」
私と物間は幼馴染みだ。素晴らしい個性に恵まれた物間は、幼少期からヒーローを目指していた。
(わたしもヒーローになる!)
(ヒーローになんてならなくていいよ、ぼくがもまもってあげるから)
(えー、わたしもねいとのことまもるー!)
なんて話して、一緒にヒーロー科に行くーなんて言っていたけど、私はヒーロー科に入れなかった。物間と同じく受験していたが、現実は厳しく、私の個性では到底太刀打ちできる場ではなかった。しかしヒーローになる夢を諦めきれず、そして夢を追う物間を側で見ていたくて、普通科ではあるが雄英に入った。
しかし普通科から見ている物間は着実に進んでいて、どんどん遠い存在になってしまっている気がした。
入学当初は一緒に帰ったりもしていたが、今となっては話すことすら少なくなってしまった。
手元のクッキーに目を落とす。小さなリボンでラッピングしてみたものの、形は不格好だし味の保証もできない。今思うと、私はこんなものを物間に渡そうとしていたのか……とどんどん弱気になっていく。第一、物間はあんなにたくさんの女の子からクッキーを貰っていた。中には普通科で人気の美人もいて……
(今更私からあげたところで、迷惑かなぁ……)
いや、もう迷惑というより、どうでもいいのかもなぁ……

もう帰ろうと思い、立ち上がろうとすると
「なにしてんの?」
と、後ろから声が掛かる。
「もの……ま?」
「こんな時間まで一人でなにしてるんだい?やっぱ彼氏もいなければ友だちもいないと暇なのかな?」
「うっ、友だちはいるし……」
話しながら隣に歩み寄ってくる物間に、こんな少女漫画みたいなタイミングあるか……と小さくため息を零す。
「……ちょうだいよ、それ」
「え?」
「クッキー。酷い出来であげる人いないんでしょ。」
私の手元を指さしながら言う
「……いいよ、酷い出来だから。いっぱい美味しいの貰ってる物間にわざわざあげなくても」
「君のそんな不細工なクッキー受け取ってくれるのなんて僕しかいないでしょ」
可哀想だから貰ってあげる、と、手元から紙袋を抜き取る物間。
「なんでよ……そんな言うなら貰わなくていいってば! 返してよ!」
手を伸ばすが、私より背の高い物間に手を高く挙げられては届かない
「煩いな!こっちは君がいつまでも来ないから探し回ってたっていうのに!」
「え……?」
「あ」
お互いに手を伸ばしたままフリーズする。
「物間……?」
「煩い」
「顔赤いよ?」
「見ないで」
顔を隠しながら後ずさる物間
「え……?探してた……?私を?」
「何でもないから」
「物間……」
「……」

「女子たちが渡しに来ても……苗字、いつまで経っても来ないから……他の奴にあげちゃったのかと思って……」
深いため息を吐きながらボソボソと言葉を紡ぐ物間
「私のなんて……いらないと思ってた……」
「……別に、いらないとは言ってないだろ」
呟くと、回れ右をしてそのまま立ち去ってしまう
「物間……!」
呼びかけてみたが、無視して歩いて行く物間。
小さくなる背中に、「何あいつ……」と、小さく悪態をつくことしかできなかった。

その夜
ベッドに寝転び携帯をいじっていると、画面の上からひょこっと降ってくる
[物間:不細工だけど美味しかった]

[物間:不細工だけど。]
というメッセージ

私は速攻メッセージを開いて
『それはどうもお口にあって何よりでございますぅ😌😌😌』
と送って携帯と瞼を閉じた
ほんっと何でこんなのが好きかなぁ!?幼馴染補正!?もう知らない!!

[物間:僕じゃこんな不細工なの作れないから]

[物間:また作ってよ]

のメッセージに気付くのは翌朝。

『美味しかった。ありがとう』それだけ言いたかったのに……と頭を抱える物間の苦悩を知るのは、まだ先。

(素直になれない二人に恋愛は難しい)

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