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トレーネの竜
霧の晴れたこの国を一望できる場所に彼女はいた。岩肌が剥き出しになった、命が渇いた茶色い大地に。雲が地上に落とした陰がゆっくりと、ゆっくりと、形を変えながら岩の上を這っていく。
褐色の大地には歪な形の墓石がぽつぽつと広く間隔を開け、深く刺さっていた。名前も彫られていない粗削りな墓石そのものが、そこに眠る者の遺骨であることを知っているのは、あかりの灯ったカンテラを片手に亡き者たちに花を添えてまわるとある墓守りだけだ。
ファフニールが吹かせたすこし冷えた風が砂ぼこりとともに白い花弁を巻き上げて拐っていく。呼ばれたように振り返った墓守りの青い目に黒と白の二人の訪問者が写る。揺らめいたオレンジの火が消え、白い煙が一本の線を空に描く。墓守りは静かに二人を見据えた。
ネグロはルスと共に、響く声に導かれて、ズメイの恩恵を受ける枯れた山岳に足を踏み入れていた。荒く切り開かれた山道を屈強な脚でかけ上がる地竜の背の上で、段々と物々しく変わっていく空気に言葉にならない違和感を感じる。遠くなっていく街並み、やけに色褪せて見える岩壁、まるでその先に踏み入れてはいけない領域が存在するかのように立ち止まる竜たち。
ネグロは慣れた動作で地竜のでこぼこした背から滑り降り、ルスに手を貸した。
「ルス行こう、この先は僕らだけで。……皆怯えてる。
助けてくれてありがとう、また何処かで会えたら一緒に話そう。君たちのことをもっと知りたい」
「乗せてくれてありがとうなの!」
一鳴きした竜たちは散々に彼方へ去っていく。振り返って手を降っていたルスの左手をネグロはそっと引いて眼前を横切った横髪を後ろにはらった。
一本踏み出すと、辺りの空気が変わったような気がした。ネグロの手を握るルスの手に力がこもる。風は止んだ。竜たちの囁き声は聴こえない。すこし整えられた山道の両端には背の高い岩が並んでいた。
ネグロは鼓膜を介さず、頭に響く声に目を細めた。戻れないと訴える声にネグロは誰へでもなく頷いた。
崩れかけた石段をゆっくりと上り、開けた視界の先にあった閑静な広場に二人は思わず息を飲む。円を描くようにして並んだ石のようなものは風化しはじめていたが、その形や黄昏時に似た弱々しい日の光を鈍く反射する白色は、あまりにも岩と言うには脆く、命を感じさせる外観をしていた。
骨だ。ネグロは漠然と、しかし確信するようにそう思った。隣から聞こえた空気を吸う小さな音に、ルスもわかったのだろうと察する。
彼等は縄張りを荒らさない為に境界線を越えたのではなかった。本能的にこの地を避けたのだ。ここで静かに眠る同胞の安寧を願って。
――この山は、竜の墓地なんだ。
「誰だ、お前ら!」