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その他創作
容姿端麗、才色兼備。町中の誰もが彼を称えるときにその言葉を口にした。伸びた深草の髪を背で緩く結び、腰に提げた幅広の剣で治安を守る、腕っぷしの優れた自警団員。物腰も柔らかで人への感謝を忘れず、誰にでも等しく接する好青年。彼、ディミトリーへの評価はそういったものであった。
ディミトリーは幼い頃から努力を欠かさない少年だった。優しい両親を賊に殺され、自分を守った自警団に属することをひた向きに目指しながら、天涯孤独で生きてきた。彼には、天賦の才があった。凡人がどれ程努力しても到達できない域をも、持ち前の努力であっさりと辿り着いてみせた。
加えて容姿も良かった。美しい母を生き写したように整った顔立ちは、彼が歳を重ねれば重ねるほど目立っていった。同年代の少女たちは皆揃って彼に声をかけ、ディミトリーもそれを邪険にしなかったため、彼の人となりの良さはすぐに周囲に広まった。
人望と剣の腕を買われ、ディミトリーは20になる少し前、町一番の自警団に入団した。
瞬く間に彼の功績は町に広がり、彼は住人たちにとって憧れや敬意を抱く存在となった。
しかし、周囲に受け入れられ、好意を向けられれば向けられるほど、ディミトリーの中にはくすんだ思いが燻るようになっていった。
人は自分を天才だと称えたが、それは血を吐くような努力があったからだった。自分を守り、両親を見殺しにした自警団への、半分憎むような複雑な想いが、自分を突き動かし続けたからだった。周囲が自分に目を向ける度、ディミトリーは大衆に向かって叫びたい衝動に駈られた。
それは幼くして親を亡くし、子供としての時間を奪われた彼なりの「自分を認めてほしい」という欲求の表れだった。
心の一部が育たず、そのまま大人になってしまったディミトリーは、人知れず歪んでいった。若くして世間に触れて上手く生きる術を学んだ彼は、嘘の笑みを振り撒き、自分を取り繕って生きていた。内心で自分の本質を見抜けない凡人を見下しながら。
しかし、彼の性根を知り、出会い頭に「お前は醜い」と正面から罵った少女がいた。後にロックスと名乗った亜人の少女は、勝ち気なつり目以外に特に言及することの無いような平々凡々とした外見で、だからこそディミトリーにはその紫の瞳が強烈に印象に残った。
無論、堂々と自分をなじられ、平気でいられるわけがない。罵倒するなり踵を返して駆けていった亜人の少女を、ディミトリーは直ぐ様に追い掛け、人目のつかない路地に引き込んで彼女の素性を確かめた。初対面のときとはうってかわってけして目を合わせようとしない少女を、ディミトリーは遭遇する度に執拗に追い掛けた。
ロックスはディミトリーが今まで接した人間の、どれにも当てはまらない態度で彼と話した。苦虫を噛み潰したような渋い顔であったり、釣った目尻をさらに上にあげて睨み付けてきたり。その全てがディミトリーにとって新鮮だった。
明らかに自分を嫌う彼女に、その理由を尋ねても「あんたなんかに話したくない」と突っぱねられ、時に苛つきもした。しかし、自分が話しかけるだけで彼女が表情を変えていくその様がなかなか面白くもあったし、自分が彼女を不快にさせていることに、ある種の優越感も抱いていた。
「ロッシ、おれの何がそんなに気に入らないんだい?」
「ちょっと!愛称で呼ばないでよ気持ち悪い!」
「流石に何度もそう言われると、おれだって傷付くんだよ?」
「バカ言わないで嘘つき。そんなことちっとも思っていないくせに。」
ロックスはどれだけディミトリーが繕っても、嘘を見抜いてみせた。ディミトリーを一切信頼していない、という前提があるからなのかもしれないが、ディミトリーが何れだけ哀愁を漂わせて悲しいとぼやいても、ロックスの態度は相変わらずだった。
「……もうやめたよ。きみにイイ顔したってなんの特にもならないんだもの。」
柔らかく微笑んでいたディミトリーからスッと表情が抜ける。茶色の瞳は侮蔑を浮かべながら、真っ直ぐにロックスをみた。
「やっぱりあんた、そっちが素なんでしょ。いつも下手くそにヘラヘラ笑ってさ。」
「にしてもどうして気付いた?うまいこといっていたのになあ。」
「あんた、誰だって騙せるって思ってるワケ?傲慢ね。」
散々罵られ、ディミトリーにも思うところがある。殆ど初対面の、それも年下の少女に。ここまで言われて何も思わないわけがない。
「きみにはもう通じないから言うけどさ、…ムカつくんだよ。おれを知った風に馬鹿にして、子供だからってなんでも許されると思ってんの?」
ディミトリーの脅しともとれる言葉。それにもロックスは動じない。それどころか、一層強く睨みを効かせ、ディミトリーの首もとに掴み掛からんばかりに距離を縮めた。その気迫に思わず一歩後ろに足が出たディミトリーは、一瞬周囲に人気が無いか確認してから、鋭く見上げてくるロックスを見下ろす。
「知った風?違うわね、知ってるのよ!あんたのこと、あんたがそんなになる前から!」
「………は、」
ロックスの発言に、流石にディミトリーもほんの一瞬狼狽えた。知っている?どういうことだ。こんな一回りも年下に見える少女が、己の一体何を知っているというのか。
ハッタリではない。はじめて彼女から詰めてきた距離が、それを物語っているように思えた。しかし、一旦冷静になれば疑いは深まる。昔から自分は完璧に生きてきたはずだ。だからこそ今の地位がある。こんな小娘に知られて困るような過ちを犯した覚えは一切ない。
「……ふざけているのかい?それとも何かの脅し?そんなに、なんて酷い言い草だな?」
極めて静かで平淡な声が出た。一層細める目にもロックスは怯まず、言葉を返してきた。
「おふざけでも脅しでも無いわ。」
「じゃあおれの何を知ってるっていうのさ。つい最近、顔を合わせただけの、おれの、何を。」
「あんたがあたしのことを知らなくても、あたしは知ってた。
あんたがひとりぼっちになって、剣を握る決意をした頃から。」
「!!」
ロックスのその言葉にディミトリーの表情が一瞬で凍りつく。誰もが知らないような自分の陰の部分を、どこの誰とも知れない少女が口にしたのだ。自身の出身を知るものは少ない。それなのに、いったいどうして。ディミトリーは僅かに声を枯らして唇を震わせた。はじめの一言は、らしくなく掠れていた。
「どうしてそれを…。きみは、だれだ。」
「あたしはただのロックス・シザーよ。あんたとはあのとき初めて会った。理不尽にあんたをなじりたいわけじゃないから教えたげる。あたしはあんたが皆を騙してるから責めてるわけじゃない。そうやって嘘付くくせに、本当の自分に気付いてくれないって諦めたみたいな顔すんのが嫌いなのよ。」