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灰の塔
ヒトは僕を、化物と呼んだり神と崇めたりした。僕の存在はヒトには計り知れないところにある。彼らには定義できない、そういうところにある。だから、僕はその言葉を否定も肯定もできない。何百年も生き、心臓を突かれても動き続ける僕は、弱いヒトからすれば化物に違いない。
けれど、キーノ、彼女は違う。彼女のちいさな体も内側に宿る魂も、どんな特異な能力があったとしても…間違いなく本質はヒトそのものだ。
彼女は何を言われたとしても、ヒトだ。僕とは違う。彼女は、化物じゃない。
「館長、ねえ、お話って、それですか。そういうお話がしたかったんですか。」
僕の途切れとぎれの言葉を聞いた彼女は、暫くの間をあけてから、ゆっくりと切り出した。僕は膝をおり、彼女の琥珀と自分の碧眼を合わせ、言い聞かせるように話を続けた。
「そう。キミは忘れちゃいけない。僕のこの、ヒトみたいな体は、幻で、本当の持ち主は、もうずっと前に星になった、ことを。」
「存じていますよ。だって館長、一緒に花を添えたじゃないですか、彼が眠る地に。」
「ああ、そうだったね。」
三日ほど前、傷が塞がったときを見計らって、彼女は僕の手を引いて塔の外へ連れ出したのだ。以前話した僕の大切なヒトのことを覚えていて、僕が彼に忘れられてしまう前に花を手向けたいと言って。
彼女は静かに、僕のほうへ両手を伸ばした。その丸い指先は、ひたと床についていた手に触れた。暖かいこどもの体温が、僕の傷だらけの細い指先に絡まって溶けていく。彼女は僕の手のひらを、しっかりと腹の前で抱え、もう一度こちらに目を向けて言った。
「館長、わたしが心を読めるってこと、忘れていませんよね。ちょっぴりわかるんですよ、館長が本当に言いたいこと。わたしを遠ざけたいけれど、わたしを無下にしたいわけじゃないんですよね。」
「そう、キミがそう言うなら、きっとそういう気持ちなんだろうと、思う。けど、考えたんだ。キミは、僕のヒトらしい姿に騙されているって。キミは化物のために、日陰で生きる必要、ない。」
彼女と僕は生き物として決定的に違う。そのことを忘れてはいけない。
僕と彼女の望みは相容れない。僕を掬い上げて、その他を泥へと放った彼女は、もう何も失っていけないのだ。儚いヒトとしての生は、僕の長すぎる命の為に使っていいものではない。
「幸せになって欲しい、そう思ってくれたんですか?」
実直な彼女の言葉が耳に通る。何冊分か、差し障りのない幸せを描いた物語を思い出し、僕は彼女の言葉を肯定した。
きっと、そうなんだと思う。
彼女はやわく握った僕の両手に、そっと力を込めて、強い意思を宿した琥珀を僕に向けた。
「ありがとうございます。それじゃあ、わたしの気持ちをわかってくれますか?あなたと同じように、相手に幸せになって欲しいと願うわたしの気持ちを、受け取っては貰えませんか?」
「……それは、キミにとっての幸せは、僕といることだっていうのか」
「少なくとも、あなたが幸せだって感じてくれることが、その声を聞くことがわたしを暖かくしてくれるんです。わたしはその温度を幸せと呼びたい」
恋慕なんてあやふやとしたものじゃない、確固たる想いが、そこにあった。彼女にとって一番優しい世界を願った。だからこそ、自分とは離れた場所で生きてほしかったというのに、既に道の先は、僕の生に深く絡み付いていたのだ。
彼女の声は静かでありながら力強く、狼狽えた僕の声は弱々しく震え、選んだ言葉はバラバラと崩れていきそうだった。
決壊しそうだ。彼女を守りたいと願ったあの夜みたいに。本当は、彼女と関わる先100年を望んでいた。そのことに、もう嘘をつけなくなっている。
「…化物の僕といれば、きっと、ヒトとしての幸せを、望めなくなる」
「それじゃあわたしだって化物でいいんです。化物だって、幸せを望んでいいはずだから」
「キミは…そうして化物の幸せのために死んでもいいの」
「そうしたいんです。いつかわたしがいなくなるまでに、星になったって忘れられないくらいの幸せを、館長から貰えるんですから」
その日、彼女の80年が、僕と交わった。