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胸に降る雨、胸に咲く花

「なァルリ、ひとつ聞きてェんだが」
「はい?なんでしょイゾウさん」

今日も沢山の書類を抱えイゾウの部屋で仕事をしているルリの向かいで、先程から何かを考えていたイゾウが徐に口を開いた。

「モビーに来て何年になる?」
「もうすぐ丸二年ですね」
「だよなァ…」
「それがどうかしました?」
「俺の記憶が間違ってなけりゃだがな。ルリの誕生日を祝った事、有ったか?」

「…ない、です」

誕生日といえば親父はもちろん、隊長たちも盛大に祝われる。
全てのクルーを皆で祝う訳には行かないが、一人娘であるルリの誕生日を祝った事がないと言うのは明らかに不自然だった。

「まさか知らねェとか」
「知ってますよ」

苦笑いを浮かべて被せる様に答えたルリは、少し逡巡してゆっくりと話し出した。

「最初の年はモビーに来た翌日でそんな感じじゃなくて、去年は偵察に出てたから一人だったし…タイミング悪いですね、わたし」
「だからって、誰も知らねェってのは…」
「誰にも聞かれなかったから…」

そう言って笑うルリだったが、マルコやサッチが二年も聞かない筈が無い。裏に隠したい何かが有る事に気付いたイゾウは、無意識に眉を顰めていた。

「ルリ?」
「イゾウさん、次の島に着くのって明後日ですよね?確か春の春島ですよね?」
「あァ、そう言ってたな」

意を決した様に立ち上がったルリは、真っ直ぐに目を見据えてイゾウの手を取る。

「イゾウさんに一緒に降りて欲しいです。だから船番、絶対に引かないで下さいね?」

「マルコ隊長にも言わなきゃ」と呟きながら、ルリは止まっていた仕事の手を再び動かし始めた。



二日後。
予定通りモビーは寄港し、無事に1番隊と16番隊は自由行動を引き当てた。

心地よい春の穏やかな空気の中、心なしか陰のある表情のルリと共にイゾウは船を降りた。

「ちょっとだけ付き合って下さい」

そう一言だけ告げ歩き出すルリに、イゾウは黙って着いて行く。

賑やかな島だった。
市場は活気が有り、行き交う人々の表情も明るい。子供の声も多く聞こえるという事は治安もいいのだろう。

そしてこの島は、其処彼処に桜が咲いていた。馴染み深いその光景がより穏やかな春の空気を作り出していたが、二人を包む空気は曇ったままだった。

市場を歩いて一軒の花屋の前で足を止めたルリは、白い花で造られた小さな花束を四つ買い求める。

「お待たせです、イゾウさん」
「その花はー」

漸く口を開いたルリだったが、イゾウの言葉を遮る様にふっと微笑みその問いに答える事無く再び歩き出した。

桜が咲き誇る山道を抜け開けたその場所は、モビーの停泊している入り江と反対側にある断崖の上。

「献花、か?」
「です。ごめんなさい、こんなのに付き合せて」

両手で花束を抱えたまま崖の際まで躊躇わず歩を進めたルリの身体を、イゾウは思わず片手で抱き留める。
一瞬びくりと肩を揺らしたが、その腕を振り解く事無く抱えた花束を崖の下に広がる海へと放り投げた。


暫くそのまま立ち尽くしていたルリが、回された腕に手を添えて波に踊る花束を目で追いながら口を開いた。

「…今日が命日なんです。私の家族全員の」

鍛冶師だった祖父と父、優しかった母親、跡を継ぐ筈だった兄。
必死に家族の顔を記憶に留めようとしても、流れる時間がそれを朧気にしてゆく。

「せっかくの春島だから、桜の咲いた陸から手向けてあげたくて」

そう言って泣きそうな顔で笑うルリの、いつもより小さく見える背中をそのまま全身で抱きしめ直したイゾウは、頭ひとつ低いその耳元に顔を寄せる。

「イゾウ…さん?」
「誕生日だってのにな」
「え…?」

驚くルリにイゾウは続ける。

「自分で言ったんじゃねェか『モビーに来た翌日』ってな。航海日誌見りゃ日は判るさ」
「そっか、そうですよね」

ほっと小さく息を吐いたルリは、肩の力を抜いて静かに目を閉じる。

「だから誕生日だなんていつも忘れてて…おめでとうって言われても、どんな顔したら良いか判らなくて…」
「笑ってりゃいい、これからは毎年な」
「…はい」

ぎこちないながらもその日初めての笑顔を見せたルリを包む腕に、イゾウはそっと力を込めた。
穏やかな春の空気が漸く二人の周りにも流れ始める。


「あの、イゾウさん…」
「あ?」
「いつまで…その…」
「どうした?」
「顔、近いんですけど…」

先程までと一変し、真っ赤になって回された腕を掴むルリの横顔を見て、わざと耳元でイゾウは囁く。

「何言ってんだ今更。嫌なら解きゃいいじゃねェか」
「な!解けとかそんな…」
「冗談だよ。ルリは可愛いな」
「はい!?」

ますます動揺するルリの反応が愉しくて仕方ないといった様子で笑いながら、イゾウは名残惜しげにその身体を手離した。

「イゾウさんは優しいのか意地悪なのか判らない」
「さァ…どっちだろうな?」

袂から取り出した煙管に火を入れるイゾウをルリは拗ねた表情でチラリと見るが、先刻まで自分を抱きしめていたその姿をを直視出来ない。
少し涼しくなってきた風に流される髪を徒に弄びながら、花束を飲み込んだ海原を眺めていた。

「ルリ」
「はい?」
「今度はちょっと俺に着いて来な」

風に乱されたルリの前髪をさらっと整えて歩き出すイゾウに、ルリは訳も判らぬまま着いて行く。
桜の咲き並ぶ山道が、風に散らされた花弁で桜色に染まっていた。



未だ人の絶えない市場を抜け、着いたのは一軒の酒場。

「ルリが開けな」

言われるがまま、煙管で指し示された扉を開けたルリの視界に飛び込んで来たのは。

「お、やっと来たよい」
「おせーよ、ルリー」
「ルリ!今日誕生日だっ「あー!エース言うんじゃねーよバカ」

「・・・」

取っ手を握ったままだったルリが思わずぱたんと扉を閉じると、中からはエースを責める声が漏れ聞こえる。

「イゾウさん、これ…」
「お前さんの家族だろ?世界一のな」

その言葉に、驚嘆したままのルリの目からポロリと一滴の涙が落ちる。

「ったく、主役が泣いてんじゃねェよ」

手にした煙管でコツンと頭を叩くと、溢れた涙を拭った親指でルリの唇を一撫でして、瞳を真っ直ぐに見て告げる。

「ルリ、誕生日おめでとう」
「ありがとう。イゾウさん」

大好き、と心の中で続けて今日一番の笑顔を見せたルリの心をイゾウも穏やかに受け止め、答えの代わりに頭を優しく撫でる。

「やっぱりイゾウさんは優しい」
「笑って行ってやんな」
「ん…ありがとう。イゾウさん」

イゾウに背中を押されたルリが今度は笑顔で扉を開けた瞬間。



「「「誕生日おめでとう!ルリ!!」」」



fin.

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