□ 鬼ごっこ
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わたしは今日も通い慣れた甘味屋に向かって歩いていた。
龍馬さんたちは寺田屋で大事な話があるらしくて、それを邪魔しないようにする為。
「今日は何を食べようかなあ」
お団子、饅頭、干菓子、その他諸々。
考えただけで幸せな気分〜。
「おや、君は…」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには沖田さんと土方さんがいた。
「よぉ、珍妙じゃねぇか」
「わたしの名前は、珍妙じゃありません!」
そう言って怒ると、土方さんは楽しげに笑った。
「土方さん、こんな可愛らしい娘さんに失礼ですよ」
「珍妙は珍妙だろうが」
「でもほら、今日はあの珍妙な着物は着ていないし」
沖田さん……。珍妙だと思っていたんですね。
内心がっくりと肩を落とす。
「そういえば娘さんはこれからどこに?」
「あ、甘味屋です」
「甘味屋!?」
急に目をキラキラさせながら大声をあげる沖田さん。
すると土方さんがギロリと沖田さんを睨み付ける。
「おい、総司。まず薬屋が先だ」
「えー!薬屋さんは逃げませんよ、土方さん!」
「甘味屋だって逃げねぇだろうが」
「だって僕、彼女と一緒に行きたいし」
「今、何気に本音が出たな」
睨み合う二人の間に冷たい空気が漂う。
「あ、あのっ」
「ん?」
「どうしました?」
その空気に耐えかねて思わず口を挟んでしまったが、特にこれと言って話題にするものもなく、わたしは適当に案を出してみた。
「お二人で何か勝負して、勝った方の言う事を聞くってどうですか?」
最初はじゃんけんとか、そういうすぐに勝負が決まりそうなものを考えていたのに、そこで沖田さんから予想外な意見が出る。
「面白そうですね。じゃあ鬼ごっこにしましょうよ、土方さん」
「おい総司。俺ぁ、まず勝負するなんて一言も言ってねぇぞ」
「あれー?勝つ自信がないんですか?」
「んな事、一言も言ってねぇし言う気もねぇ。そうじゃなくて、その勝負法じゃ鬼が圧倒的に有利だろうが」
「大丈夫ですよ。だって、僕も土方さんも鬼役だから」
「あ?何言ってんだ、お前ぇ。両方とも鬼じゃ、鬼ごっこにならねぇだろうが」
「もう、せっかちだなあ。人の話は最後まで聞いてくださいよ」
沖田さんの言葉に口を噤む土方さん。
「逃げるのは娘さん。それを僕たちが追いかけるんです。で、娘さんを先に捕まえた方の言う事を聞く、と」
「え!?」
「そりゃあいいな。だが、俺に得がねぇ。俺が勝ったら、こいつと甘味屋に行くのは俺だ。お前ぇは一人で薬屋に行け」
「いいですよ、絶対に負けませんから」
「ちょっと…」
「っつう訳だから、おい珍妙、十数えるから今すぐ逃げろ」
短い!十じゃ短いです、土方さん!
「いーち」
「!!」
二人が一緒に数え始めたので、わたしはとりあえず寺田屋と反対の方向へ向かって必死に走った。
だいぶ距離が開いた所で少しだけ後ろを振り返ると、十数え終えた二人が遠くから走ってくる。そして、二人の顔を見てわたしの背筋は凍りついた。
いやぁ―――――っ!!
新撰組の鬼と修羅が笑顔で追いかけてくるぅ――――!!
奇妙な恐怖感から、わたしはまだ慣れない京都の町を、日が暮れるまで走り続ける事になるのだった。
[続く……?]
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