白い布を赤い染め粉で染めれば赤色になる、なんて当たり前の事を臨也さんはさも自分しか知らないという様に僕へ告げた。知ってますよ、と伝えれば当たり前じゃないか、なんて人を小馬鹿にするように己へ返答をしてくる
何が言いたいのだろうか、僕は手にしていたグラスにさされている透明のストローを歯で噛みながら、コーヒーカップの持ち手に指を掛け淡々と喋り続ける臨也さんの話を受け流していた。グラスの中は溶け小さくなった氷のみであり既に飲み物が入っていない、臨也さんがそれに気付いたのか波江さん、と言う女性の方に僕のグラスへ飲み物を注ぐよう指示した

「俺の話はつまらない?」

不意に告げられた言葉に臨也さんへ視線を向ければ普段と変わらぬ笑みを浮かべた儘己の返事を待っていた。つまらない、と言う問いに対しはっきりつまらないと言うのは正直気が引けるものであり僕はそんな事ないですよ、なんて苦笑をしながら返事を返す
すると新たなグラスへ入れられた氷が飲み物へ乗るように揺れカラン、と音を立てた。グラスを手に取り新しくさされたストローへ口を付け軽く飲み物を喉へ流し込む
飲み物を一気に半分以上飲み干しストローから口を離してははあ、と大きく息を吐き出す。臨也さんの自宅に居るのは息苦しくただ臨也さんの話を聞いているだけであってもかなり疲れるのは事実であった。そんな己の気持ちも余所に再び話を始める臨也さんは一方的で己へとくに返答求めようとはしなかった。一人楽しげに、臨也さんにしかわからない話をただ淡々と喋るその鮮やかな瞳は瞼を下ろし何度も瞬きを繰り返していた
ここに来てから何時間経ったのだろうか、何時の間にか外は日が暮れていた。時刻は6時、夏場は外が暗くなるのは遅いがここに長居するのも気が引け僕は氷が溶け水のみとなったグラスを机に置き立ち上がれば、臨也さんは帰るの?と問い掛けてきた
そろそろ時間なので、と返すと玄関まで送っていくよ、なんて言われたが断る理由など勿論無い為僕は臨也さんの後ろを歩きながら玄関へと向かった

「白はね、赤が嫌いなんだよ。だから赤も白が嫌いなんだ」
「……何の事ですか?」

臨也さんはまるで居ない誰かへ教えるように口を開きその言葉を発した、何が言いたいのだろうか、そんな意味を込めて僕は臨也さんへ何の事かと問い掛けると玄関の扉を開け此方へ顔を向けた臨也さんが笑みを浮かばせ口を開いた

「何時かわかるよ、きっとね」

そんな事を言って臨也さんは僕を返した。夏の夕方だと言うのに何故か外は既に暗く感じ足取りが重いような気がした。一歩踏み出す度に鉛が足に引っ掛かり揺れるのを感じる、そんな感じがする訳であって勿論己の足に鉛などついている筈もないのにもしかしたらなんて思いながら何度も足元を確認してしまう
気が付くと自宅の目の前だった、何時の間にか足取りは何時通りと軽くなり階段はすんなり上がる事が出来た。漸くとばかりに息を吐き出して僕は玄関のドアノブを捻った





翌日にはあの人が喋っていた事なんて頭の中に微塵も残っていなかった。元々話自体受け流していたという事もあったが、何一つ覚えていないというのは如何なのだろうかなどという自問自答をする事なく僕は一日と言う名の学校生活を寛いでいた
つまらない授業があれば適当に窓の外なんか見たり、時には昼寝をしてみたり園原さんを眺めてたり、僕の日常は何不便なく過ぎていった
例えば、お昼の時間は何時も通り二人とお弁当を食べて、午後の授業では怒られる事もなく昼寝をして、帰りは二人共用事があるからって先に帰ってしまったから一人で帰ることとなった
一人で帰る事はとくに不便ではない。勿論二人が居れば楽しいが、一人だとしてもそれほど気が沈む訳でもなかった。学校から家までは少し遠く今日は何時もより歩いている時間が長い気がした。まるで昨日のように足に鉛の引っ掛かる感覚へと陥る気がしてならなかった
ふと視界に入ったの赤と白がモチーフとなった丸い標識であった、標識は地面に先が埋まり立っている状態ではなく、先端の地面ごと引き抜かれ無残にも投げ出されている状態ではであった

(静雄さんが抜いたのかな、)

だがよく見ると標識に乾ききった赤黒い血痕が付着してあるのを窺えた。誰の血だろうかなどという疑問は当たり前すぎてそう考える事はなかった。だが彼、平和島静雄が標識で人に暴力を振るい血を流させた事はそれほど見た事はなかった
何故ならばそれらは全て骨折や捻挫程度で一命を取り留めているからであったというのを一理ある。その刹那脳裏に浮かび上がったのは折原臨也の顔であった。もしかしたら彼が標識で殴られたのかもしれない、あの細い体で標識を受けたら血ぐらい流れるだろう、何時の間にか僕は来良総合病院へと走りながら足を進めていた
走っていたお陰か病院には早めに到着した。案の定、いややはりと言っていたのか、もしかしたらと言う考えは的中していたのだ。折原臨也さんなら、と何処の病室に居るのか看護師さんはあっさりとまるで己が彼の親類であるかのように教えてくれた
病室へ行くと扉の隣と壁には折原臨也と名前が書かれたプレートが貼られていた。ゆっくり扉を右側へ引くように開けるとそこには白い入院着姿に身を包んだ彼が横になっていた。ゆっくり近づくとすうすうと寝息をたてており狸寝入りには見えなかったが一応確認程度に顔の前で手を振るがやはり反応はない
さてこれからどうしようか、勢いで病院まで来てしまったが、とくにお見舞いがしたい訳ではなかった。お見舞いを装うお菓子とかフルーツすらも持ち合わせていない。いまだ寝息を立てる彼の髪に指を通した刹那、彼の双眸がぱちりと開かれた

「何で帝人くんがここに居るの」

第一声は当然の問い掛け、入院したと教えてもいない相手が何故病室に居るのかと不思議に思うのはあの折原臨也であっても当然である。理由はなんとなく、勘で、そんな事を言ってしまったらきっと彼はありえない、そんな非科学的な事などと難しい事を言い出すのだから、凄く面倒くさい。返答を待つようにして上体を起こしては此方に向けられる視線がまるで蛇に睨まれた蛙となりつつあっていた為僕は口を開いた

「な、なんとなくです」

「ねえ、俺の事馬鹿にしてる?」

「し、してませんよ…!」

僕へ失望したと言わんばかりに深い溜息を彼は零した。よく見ると足と腕は多分数ヶ所骨折、顔にも傷が目立っている様子が窺えやはり平和島静雄と喧嘩したのだと再確認をした。彼もこれを機に平和島静雄との喧嘩をやめれば良いのに、そんな日常になってしまいそうな考えを振り払いつつ僕は近場の椅子を手で引き寄せ軽く腰をそこへ下ろした
ふと僅かながらまだ睡魔にうとうとと魅せられる薄い目蓋の根から生える長く綺麗な睫毛に視線が行く、そして己が今此処へ来た本当の意味が分かればまるで操られるようにして僕は再び口を開いた

「僕、本当の此処に来た理由は、臨也さんが――…、」





(少年が折原臨也に恋を)
(するまで後 ―分)
(折原臨也が少年を嫌う)
(まで後 ―分…、)




2010.06.28

*神谷さんへの捧げ物


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