高台から目下の景色を見渡せば、いやというほどに大災害の傷跡たちがその存在を主張している。裂けた地面に、崩壊した建物、無惨に横たわる木々。
 しかし、そんな悲惨な光景の中にも、活動する人々の姿を見ることができる。民間人も、グラド軍人も他国から派遣された兵士も、みんな同じように協力し合い、復興へと歩み出している。その姿が、失ったものは大きくともきっとこの国は大丈夫だ、と私に思わせた。
 と、少し離れた竜騎士のほうを盗み見る。愛竜から降り、その背に手を置きながら故国を見下ろしている。その顔は一見ただの無表情だったが、微かに穏やかな笑みが滲んでいるような気がした。あまり感情を表には出さなくても、心の内には誰よりも熱いものを秘めた男だということを、短期間とはいえ共に戦った私は知っている。
「……リオン皇子の御気持ちが今ならわかる気がする」
 再び景色に視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「災害は、誰が悪いというものじゃない。今こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど、起こってしまうのは仕方のないことなんだわ……だから、人はそれを受け止めて、立ち直っていくしかない」
「ああ」
 するすると言葉が流れ込んできて、私はどんどん饒舌になっていく。相槌が打たれたことで、独り言のようなその呟きを彼が聞いていたのだと知った。
「みんなを苦しませたくなかった。わかっていて何もできないことが耐え難かった。だから、自分自身を魔王に売り渡してまでーー」
 そこで言葉に詰まる。ざあっと音を立てて吹く風が頬を撫でた。
「皇子は、本当にこの国を愛していたのね……」
「……らしくないな」
「……へっ?」
 ためにためて言ったその台詞に対する予想とは違う返答に、私は間抜けな声を出していた。
「いや……お前がそんな風に話すとは思わなかったから」
「そんな風?」
「もっと単純なやつだと思ってた」
「なっ……それ、どういう意味よ!」
 感傷に浸りながら語るなど、柄ではないと言うことか、と顔をしかめて彼の方に向き直れば、からかうような表情は見られず、いつもの強面の仏頂面がそこにあった。それがまた小憎らしくもあったけど、本気で怒るような気はなくさせた。
「何なのよ一体……」
 毒気を抜かれた私は、ぶつぶつと不満を垂れる。
「……もう、最後だっていうのに……」
 なんだか照れ臭くなってきて、小さな声で悪態をついた。
「最後?」
 吐き捨てたその言葉に、クーガーは聞き流すことなく反応する。
「何が最後なんだ?」
「――っ!!」
 訊き返すその顔はやっぱり至って真面目で。私はかあっと頭に血が上るのを感じた。
 いつもそうだ。この騎士には、いつもペースを乱される。軍人としてその気質は固すぎるくらいに固いくせに、その「固さ」はゼト将軍やデュッセル将軍のような人のそれとはまた違っている。厳格さの中にどこかマイペースで飄々としたところがあって、常人離れした雰囲気さえ感じさせるのだ。
「最後じゃない!」
「だから何かだ」
「あんたと一緒にいるのが!!」
 声を荒げた私に、クーガーはようやく少し驚いた表情を見せた。
 自分ばかりが一人で熱くなって、恥ずかしいとは思う。それでも、今ここで言わずにはいられなかった。

 私は、ルネス騎士団の中から結成された復興支援部隊の一員としてグラドにいる。エフラム様は、自国にもまだ戦争後の穏やかとはいえない状況であるにも関わらず、この国への協力を惜しまなかった。物資の支援に加え、騎士たちを派遣することもいち早く決定された。私は自らその部隊に志願したのだ。そしてやって来た帝都で、デュッセル将軍と共に
クーガーその人に会ったのだった。
 そして、私はかつて彼をルネス騎士団に勧誘したことがあった。これからのことを尋ねたら、グラド軍には戻らず旅に出ると聞かされたからだ。しかし、自分の故郷はグラドで、主君はグラド皇帝一人だと断られた。あとから聞けば、ゼト将軍も私と同じことをして、全く同じ様に返されたらしい。
「あんたは私のところに来れるけど、私はあんたのところに行くことが出来ない。私はあんたに会いたい気持ちがあるけど、あんたにはない。これってもう会えないってことじゃない」
「いや、分からないぞ」
「……え」
 本日二回目の肩すかし。今度は自分の顔が紅潮するのを感じた。
「どういうこと……?」
 期待をこめた声で訊く。例によってクーガーは平然としたままだ。
「俺にだって情くらいある。王子と王女にも、ゼトにも世話になったからな。折がついたら、一度ルネスを訪ねようという気にもなるだろう」
「言ったわね!」
 私は鼻息荒く、ずんずんとクーガーに詰め寄った。
「あんたが言ったんだからね。絶対来るのよ? 男に二言はないものね!」
「ああ、約束してしまったことだ」
 クーガーは子供を見る父のように微笑む。私は掴みかかろうとしていた手を下ろし、思わずそれに見入った。
 ――何を言っても、水を掴むように手ごたえがなく、頑なだったこの人は、自分に少しでも目を向けてくれているのだろうか。彼の未来のほんの片隅にでも、自分はいるのだろうか。
 私は高台に流れる風の音を耳の端で感じながら、ぽかんと口を開けて彼を見つめた。
「……さて」
 クーガーの声が沈黙を裂いた。再びその視線が目下に落とされる。
 私もそれで我に返って、彼にならって帝都の街並みに目を向けた。傾き始めた太陽に、辺りはうっすらと赤く染まっていた。
「まずは目の前のことを片付けないとな」
 囁くような声が耳に届く。その言葉にに込められたのは、悲壮や使命感ではなく、希望や期待であるように聞こえた。
 私はそれに大きく頷いた。