畑仕事を手伝ってもらうという条件でしばらく若い旅人を泊めることになった数週間後、両親は青年の働きぶりと朗らかな人柄に惚れ込み、このまま婿に迎えてずっといてもらおうなどと言い出した。
「本気で言ってるの? 絶対そんなのごめんよ!」
 言い捨てて勢いよくドアを開けると、ひと仕事終えて帰ってきたらしいウィルとはち合わせた。
「ナマエ、どうした?」
 きょとんとした顔で尋ねるウィルの質問にも答えずに、私は彼の手首を掴んで外へと歩き出した。おい、と静止の声がかかるのもお構いなしに足を進めると、向こうも諦めたのか大人しく歩き始めた。





「……そ、そんな話が……」
 並んで畑のへりに腰掛け、ことの経緯を話すと、流石のウィルも驚きの表情を見せた。
 私は自分の両親の性急さが、話していて恥ずかしかった。
 ウィルはただ宿を求めてやってきただけで、自分たちに感謝こそすれ、それ以上の感情は持ち合わせていないだろう。彼の場合、愛想がいいのは誰に対してもだ。
 彼にとっては当たり前のことなのに、それに絆されて勝手な期待をしているのは、両親と、そして自分だけだ。
 私は、事実、この短期間で、ウィルのことを好きになってしまっていた。そして、それと同時に、ウィルが自分のことをせいぜい可愛い妹くらいにしか思っていないことをわかっている。
 だからこそ、軽々しく結婚しろなどという両親の無神経さが許せなかった。
「……俺は、まだ駄目だよ。一人前になるまでは、誰かを守る立場になんてなれない」
 沈黙を破って、ウィルが話しだした。
 その言葉を聞いて、私は自分の胸がちくりと痛むのを感じた。そのとき、自分が心のどこかで肯定的な返事を期待していたのだと悟った。
「俺は家族に楽させてやりたくて家を出たんだ。まだ全然それができてないのに、自分だけ落ち着こうなんて、虫がよすぎるよな」
「……あ、当たり前じゃない。そんなのウィルのためにもならないわ」
 そうだよな、と隣のウィルが笑う。私は、声が震えそうになるのを抑えるのに必死だった。
「……私、頑張るわ。畑仕事も、裁縫も、料理も。私も一人前になれるように。もしウィルが一人前になって、またここに来てくれたら、その時にがっかりさせないように」
 私は抱えた膝に顔を押し付けた。今言える精一杯の告白だった。
「そっか、楽しみだなあ」
 ウィルの声は、いつものとぼけた彼のものにも、私の言葉をさらりとかわす飄々とした年上の男のものにも、聞き分けることができなかった。