任務後の帰路というものは、みな疲労困憊で話す気力もなく、重い身体を引きずりながら黙々と歩く、というのがいつもの様相である。
 しかし今日の私に関しては、アジトへ向かう足取りはとても軽かった。

 今回私に与えられた任務は、近くの村の山賊退治だった。
 さほどの勢力ではない様子だったため、私を隊長とし、数人編成の小隊で現地へと赴いた。しかし、いざ切り込んでみると予想よりもさらに小粒の族集団であり抵抗も軽く、ほとんど刃を交えることなく退散していった。ほどなく根城にされていた領主館を制圧し、あっけなく村を取り戻すことができたのだった。
 そして任務後、村長に報告を行い、そのまま報酬を受け取った。その際、村長の娘である若い少女から「これもお礼に」と、手作りのクッキーを渡してくれた。
 そのとき、頭をよぎったのは赤い鎧姿だった。
 ――そういえば、ルカはこういうの好きだったな……。
 このご時世、甘いものはなかなか手に入らない貴重品である。
 自分にとっても好物だったが、せっかくなら好きな人――ルカにあげたいと思ったのだ。
 喜ぶ顔を想像ながら帰る道のりはあっという間に過ぎていった。





「あら! おかえりなさいませ、ナマエ。お早いお帰りでしたわね」
「クレア。ただいま」
 クレーベ様への報告を済ませ、アジト内を歩いていると、よく知った顔とかち合った。
 その流れで今日の任務についてやお互いのことなど、何往復かの言葉を交わす。
「……あの、それよりルカを見なかった?」
「え? あぁ、そういえば先程作戦室に入っていくのを見ましたわね」
 「何か用事ですの?」というクレアの質問にちょっとね、と言葉を濁し、そのまま別れる。
 もちろん向かう先は作戦室だった。
 作戦室にいるということは、何か仕事中だろうか。しかし、出直して後から探し回るのも時機を逃して夜遅くなるのもあまり嬉しくない。
 さっさと渡してすぐお暇しよう、と考えながら早歩きで廊下を進む。
 作戦室に着くと、一呼吸ののちコンコンと扉を扉を叩いた。「はい」と扉越しに少しくぐもった声が返ってくる。
 扉を開けると、お目当ての人物がいた。……確かにいたのだけれど。
「おお、ナマエか!」
「ナマエ。お疲れ様です」
 ――もう一人、予想していなかった人物もいた。
 中央のテーブルに向かい合って掛けているルカとフォルスがこちらを向く。机上には地図や資料が散らばっていた。次の任務の作戦会議だろうか。
「ごめん……取り込み中だった?」
「いえ。ちょうど今片付いて、一息ついていたところですよ。何か用事ですか?」
 ルカのその言葉に、邪魔してしまったわけではなかったと少し安心する。それと同時に、質問に答えられず口籠ってしまう。
 二人の話は終わっていたのだから、それを理由にここで出直すというのもおかしい。しかし、第三者の目前で、今手に持っているものを渡すのはどうにも憚られた。
 おそらくこの場にいるのがフォルスではなくパイソンだったら、何かを察して――確実に後からからかわれるだろうが――気を遣ってくれたかもしれない。考えても仕方ないことだしフォルスは何も悪くないのだが、どうにもこの状況がもどかしかった。
「ナマエ……?」
「どうかしたのか?」
 何も言い出さず立ち尽くしたままの私を、腰を上げたルカが不可解そうに覗き込む。フォルスもどこか心配そうな顔でこちらを見ている。
(う……どうしよう)
 とにかく何か言わなければと思案していると、突如「あ」という声が上がった。
「そういえばナマエ、あなたに相談があったんです」
 そう言って立ち上がったルカは私のほうへ寄ってきた。
 クレーベ様やマチルダ様でなく、わざわざ私に相談することなどあるのだろうか。全く心当たりのない私は、予想外の展開に疑問符を浮かべるしかない。
「ではフォルス、申し訳ありませんが私はお先に失礼します」
 フォルスは少し呆気に取られた様子だったが、なんとか「ああ」と返事をした。まだ状況の掴めていない私が狼狽えていると「行きましょう」と小声で促された。
 作戦室を出て、どこへともなく歩きだすルカの後ろに付いていく。一体どうしたのだろう。
 しばらくの間歩き続けていると、ようやくルカが足を止めた。すぐ真後ろにいた私はぶつかりそうになり、その勢いでルカの背に両手をついてしまった。
「わ。ご、ごめん」
「ナマエ」
 慌てて手を引っ込めると同時に、ルカが振り向いた。何やら怪訝な顔をしている。その相談事とやらがよほど深刻なのだろうか、と少し怖くなる。
「今日の任務で何かあったのですか?」
「………………え?」
 予想だにしなかったその言葉に何も反応できずにいると、ルカは続けた。
「何か私に内々に言いたいことがあるのでしょう。わざわざ私に……ということはクレーベに報告しづらいことですか?」
 領主館の壺でも割りましたか、と眉を顰めて不安げに訊いてくるルカ。もちろんそのようなことはない。
 的外れな心配をしてくるルカをどこか可笑しいと思うと同時に、菓子を渡す程度のことをここまで大事にしている自分に対する情けなさと恥ずかしさが込み上げてくる。
 居たたまれなくなった私は腰元に下げたポーチからとうとうそれを取り出すと、半ば投げつけるように強引に押し付けた。
「これ、貰ったの。よかったら食べて! それだけ!」
 そう言い捨てると、その場から逃げるように走り去る。
 薄暗い廊下に反響する自分の足音に、じわじわと自己嫌悪が湧き上がってくる。カッコ悪い。最悪だ。
 残され呆然とするルカの顔が目に浮かび、泣きたくなった。

 次に顔を合わせたときのルカは、「美味しかったです」「ありがとうございました」といつも通りの穏やかな態度だった。
 しかし私のほうは、しばらくの間まともに彼の顔が見れなくなっていたのだった。











「……ということがありまして」
「あーはいはい、ごちそうさま。つーかお前大体察してたクセに、カマかけたんだろ」
 呆れ声のパイソンにもルカは「なんのことでしょうか」と笑顔を崩さない。
 一方、そのような状況に居合わせていたとは思いもよらなかったフォルスは、「僕はなんて鈍いんだ……!」と自責の念に駆られていた、というのはもう少し先の話。