life


ずっと、天井を見ていた。
綿ぼこりのびっしりとこびりついた、穴ぼこだらけの白い天井。
涙でにじんだ手紙のような雨漏りの跡も、巣食ったネズミや虫の足音も、もうずいぶん前に私の前から姿を消した。

「ゆりかご」の中は暖かかった。
私の体温のせいなのか耳鳴りにも似た機械音のせいなのか、だれも教えてはくれなかったけれど、今さらどうということはない。
晴れの日のつららのように細くなった手足を投げ出して視線を向けた先はまた、天井。
へその緒を模したチューブから、今日の朝食が胃のなかへ流し込まれていくのを感じていた。


私を「ゆりかご」に寝かせたのは、小国の王である父だった。
彼はとても頭のいい人で、若いころに貿易商で成功しあまたの利益と知識、そして技術を得たのだという。
人望の厚い父のもとにはたくさんの従者、もとい世界の未来をになう若い科学者たちが集まり、テクノロジーが新たな一歩を踏み出すたび より栄え、人で溢れ、彼らの家族は小さな集落となって生活しはじめた。
集落はみるみるうちに拡大し、村となり町となり、いつのまにか国の形をとるほどの結束力を持つようになっていたのだ。

ーーそれからまもなく、父は「国王」、私は「王女」と呼ばれるようになった。
もう、十数年も昔の話である。


ずっとこの中で生きていた。まるで展示物かなにかのように。
太陽の暖かみを残した無機質な光が、何度まぶたの上に注がれただろうか。私はかさつく目を細める。
底の深い楕円型のベッドに被せられた、やや丸みを帯びた透明のアクリル板。
その強度は従来のガラスやプラスチックの比ではないと、嬉々としたようすで話していた父の笑顔を思い出す。
人為的な調整を必要としない、永続的にエネルギーを発生させるシステム、胃の消化物をふたたび栄養素に分解する微生物の培養、「ゆりかご」製作にあたり、必要コストを最小限に押さえるための研究、試行錯誤……。

彼は口癖のようにくりかえしていた、「すべては生きるためなのだ」と。

最初は天才らしからぬ、単純な考えからだった。
いくら優れた技術を持ち、巨万の富を得ても、死んでしまっては教授することも豪遊することもかなわない。
より長く、より安全に生きることが今の自分に必要なものだと、分厚い企画書を手に意気揚々と話していたときは、まだ ただの好奇心に過ぎなかったのに。
いつからだったろう、求めた「結果」が「目的」へとすり替わっていたのは。

父の生への執着は、さながら愛のように盲目的だった。
食事も睡眠もとらず、政治、法、城下の国民にも目を向けず、陽が昇り月が沈むまで「ゆりかご」の研究に己のすべてをなげうっていた。
一週間もすれば丸々としていた頬は痩せこけ、大岩のような恰幅は、荒れ地にひっそりとたたずむ一本の枯れ木のごとく朽ち果てた。
従者たちの悲鳴もその家族たちの怒声も……私の呼びかけにすら、彼は何の反応も示さなくなっていた。

日に日に大きくなる国王への不満を全身に浴びながら、私はただただ、そのダルマのような姿を眺めているしかなかった。
おそらくもう「助からない」だろうとわかってはいた、けれど、どうしても父を裏切ることはできなかった。
残念ながら私は、彼のように頭がいいわけでも人望があるわけでも、一握りの金すらなかったのだーー。


「ああ、神よ……」

蚊の鳴くような声でつぶやく。

「どうか私に、永遠の命をお与えください」

忘却の地の孤独の城で、かつて王をつとめた男の一生を語り継ぐことができるのは、きっと世界に私しかいないだろうから。
魔女の毒に侵され、従者に謀反を企てられようと、国民を敵に回すことになっても、最期まで自らの研究に見切りをつけることなく「ゆりかご」を製作し続けたその雄姿を、誰かに伝えなければならないから。
そして何より、私だけはずっと彼の味方でいたいと思うから。

ジイイイイ、一層の機械音に、そろそろ正午であることを悟った。異常がなければ朝同様に、腹は満たしてくれるはずだ。
天井は相も変わらず、幾千の小さな隙間からほろほろと光の雨を降らす。
時々ふっと沈黙の闇にのまれるのは、飄々と漂う雲のせいなのか、それとも。


「いきなさい」

陥落の間際、父が最期に発した言葉が、まだ耳に残っている。


***

世界観→終わり無き旅空さん『abnormal』

あとがき

[ 6/7 ]


[mokuji]





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