「キセキの世代?」 聞き慣れない言葉に、火神はシュート練の手を止めて振り返った。 「ああ、お前は知らねーのか。中学最強、帝光中の天才5人を、そう呼ぶんだ」 日向は説明しながらボールを放る。綺麗な放物線を描いたボールは、滑るようにゴールを潜った。 「その中の一人がいるんだよ。お前のクラスに」 「へ?」 予想外に身近な『天才』に、火神がすっとんきょうな声を上げる。 「…誰すか?」 「黄瀬涼太。つか、お前ら席前後じゃん」 名前を聞けば、姿を思い浮かべることは容易にできた。背が高く妙に目立つ彼は、意識せずとも勝手に目に入る。 しかし火神が知っていることといえば、名前と顔くらいだった。 「昨日お前がいないときに会いに行ったんだけどよ、あいつ、誰に対してもああなわけ?」 「まぁ…そうすね」 いくら席が近くても挨拶すら交わさない理由は、相手にある。 黄瀬は完全に、他人に対して無関心を決め込んでいた。 入学早々群がってきた黄色い声を上げる女子生徒も、必死に部勧誘する男子生徒も、冷ややかに一蹴してみせた。 「奇跡、ね…」 大層な名前だ。 天才は燻るこの退屈を打ち砕いてくれるだろうか。 シュートを放つ火神の口元は、弧を描いた。 いつか戦ってみたい、のいつかは、予想よりも遥かに早く訪れた。 部活の帰り道。なんとなく動き足りない火神はストリートコートに寄った。そこで、一人ボールと戯れる黄瀬を見つけた。 ゴールを狙う真剣な目。最小限のモーションで宙に舞ったボールは、リングに掠ることなくネットを通り抜ける。 体に染み付いているのだろう。一連の動作は滑らかで、美しい。 「黄瀬」 思わず声をかけていた。 戦ってみたい。試してみたい。奇跡と称される、その力を。 声が聞こえなかったはずはない。それなのに、彼は一瞥すら寄越すことなく、転がってきたボールを拾って再度シュートを撃った。 「おい、無視かよ!」 「…なに?」 変わらず視線はゴールを捉えたまま、ようやく黄瀬が応える。 「勝負しろ」 「ヤダ」 挑戦状は即刻叩き返される。だが、火神は諦めなかった。 「一回だけ、付き合え」 近くまで行って、もう一度告げる。 黄瀬はわざとらしくため息を吐いた。 「弱いものいじめは趣味じゃないんスよ」 「言ってくれんじゃねぇか…」 火神は上着を脱いで、対峙した。 「かかってこいよ」 2013/2/20 戻る |