王冠はいらない
君さえいてくれるなら


アヴァロンの王冠


「キセキの世代がいる?」
相田は日向の報告を受けるなり、一笑に付した。
「全国の強豪校が喉から手が出るほど欲しがっているキセキの世代が、なんで新設校なんかにいるのよ。第一本当にいるなら、なんでバスケ部に来ないの?」
「俺が知るかよ」
聞いたのはあくまでも噂だ。日向だって、本気であのキセキの世代がこんなところにいるとは思っていない。
もうこの話は終わり、とばかりに去ろうとする日向の服を掴んで、相田は口角を上げた。
一応、確かめておこうか。
火のないところに煙は立たないと言うではないか。


噂の教室を覗く相田の心境は、半信半疑どころか8割方疑いが占めていた。大方そっくりさん、といったとこだろう。
しかし教室の後方でその人を捉えた相田の目は、半眼から一気に限界まで見開かれた。
「ちょっと…え、ホントに…!?」
ほとんど衝動的に日向の手を引いて、彼の前まで行く。真正面から顔を見据えれば、まさか、は間違いない、に変わった。
「…黄瀬涼太くん?」
見間違いないようもない。バスケ雑誌で何度も見てきた姿が、今目の前にあった。
彼は疑問に肯定も否定も返すことなく、つまらなそうにため息を吐く。
「…ファンならお断りっス」
ファン?日向は不思議そうに繰り返して、ああ、と気付く。確か、彼はモデルもやっていると読んだ覚えがある。
「ちげーよ、俺らは…」
「バスケ部よ」
相田が宣言すると、黄瀬はぴくりと反応した。
「バスケ部…」
呟いた黄瀬の表情は、すぅっと冷めた。射るような視線が相田に突き刺さる。
「なら、なおさらお断り」
向けられたのはあからさまな敵意だった。
排他的な様は、雑誌の中の彼とはずいぶんとイメージが異なる。
「お前…!」
文句をぶつけようとした日向を相田が制す。ここは一旦引くと、目が告げる。
釈然としない思いを抱えながら踵を返そうとした日向は、黄瀬の表情の変化に目を奪われた。
後ろの席を向いた彼は、別人のように柔らかく目を細める。大丈夫。精一杯の優しさを詰め込んだ、甘い囁きが落とされる。
後ろにいるのは、透明な雰囲気を持った小さな女の子だった。
―――そんな顔もできるのか。
黄瀬が垣間見せた綺麗な笑みは、焼き付くように日向の中に強い印象を残した。


2013/2/17

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