シュ。ボールがゴールネットをくぐる軽やかな音がする。休憩しようとコートの外へと向かっていた日向は、足を止めて体を反転させた。 もう一度ボールを構えて、黄瀬がスリーを放つ。ボールはリングを掠めることなくゴールを射抜く。 中からも外からも撃てるとは器用な奴だ。黄瀬のフォームは見惚れるほどに綺麗で、シューターとしても十分に通用するレベルだった。 日向の視線に気付くことなく、黄瀬は再度ボールを構える。飛んでボールを離すその過程で、突然黄瀬は左手で目元を押さえた。両手で丁寧に送り出されるはずだったボールは乱暴に片手で投げ出される。大きな音を立ててバックボードにぶつかったボールはバウンドし、それでもゴールに収まった。 「なんでいきなりフォームレスシュート!?」 「…へ?」 思わず飛んだ突っ込みにこちらを向いた黄瀬は、まだ目元を押さえたままだった。 「…どうした?大丈夫か?」 「うー…」 ゆっくりと手を離した黄瀬は、少しだけ赤い目を瞬いた。 「前髪が、目に…」 「アホか」 心配して損した、とは正にこのことだ。 「そんな前髪切っちまえ」 「事務所に止められてて、勝手に切れないんスよ」 「モデルってめんどくせーな」 「せめて大変って言って」 しかし現実問題、このままでは困るだろう。前髪が原因で試合に負けました、なんて笑い話にもならない。 「なにしてるの?」 練習をサボっている二人の元に、監督がやってくる。 今この時に限ってその姿は、救いの女神に他ならなかった。 「…黄瀬くん…」 名前を呼んでみたものの、続けるべき言葉が分からない。黒子は妥当に、普段との間違い部分を指摘した。 「どうしたんですか、それ」 「カントクにもらったっス」 「おそろいよ」 「おそろいっス」 二人並んで腰に手を当てるマネっ子の前髪は、焦げ茶色のピンで固定されている。言っていた通り、相田の髪を留めているのと同じものなのだろう。 期待に煌めく瞳で見つめる黄瀬は、「待て」を強いられているワンコのようで、黒子はついつい餌を与えてしまった。 「…可愛いですよ」 途端に黄瀬はぱぁっと表情を輝かせる。喜びを溢れさせて、傍らの火神に飛び付いた。 「黒子っちが可愛いって!」 「ああはいはい、良かったな。いいから早く練習するぞ」 「火神っちも可愛いって言ってくれるまで練習しない」 「なんでだよ!」 「いいからさっさとしてください、火神くん」 「俺が責められんのか!」 ここからが本題↓ 氷室の言葉で何かが変わったわけじゃない。火神は誰にも止められないし、試合結果はきっと変わらない。 けれど、あまりにも氷室がうるさいから、最後までコートに立つと決めた。コートにいる限り、ただでは引き下がらない。 「まさこちん」 負けることが嫌いなのも、変わってはいない。 「ヘアゴムちょうだい」 同時刻。誠凛ベンチ。 陽泉のベンチを見る黄瀬の目は、かつてのチームメイトを見ているとは思えないほど険しかった。 「…カントク」 拳の中に決意を握りしめて、黄瀬は顔を上げ、言った。 「ヘアピン貸して」 「どこに対抗心燃やしてんだ」 fin 2014/2/10 戻る |