ボールが床に落ちる。汗が滴る音すら聞こえるような沈黙を、ホイッスルが切り裂いた。 審判はゴールを告げる。スコアボードが動く。爆ぜるように、歓声が湧く。 喜びに拳を掲げる火神と、そんな火神を揉みくちゃにするチームメイトを見てようやく実感が生まれた。 勝った。桐皇に、あの青峰に勝ったのだ。 黄瀬は正面を向いた。茫然と立ち尽くす後ろ姿から、感情を読み解くことは出来ない。 ずっとその背中ばかり見ていた。今やっと、隣に立つことができた。 「…青峰っち」 こちらを見ないままの彼に告げる。ずっと、溜め込んでいた言葉を。 「黒子っちは、俺が幸せにするから」 もう二度と泣かせないよう、守っていく。彼女にとってのバスケは、楽しくて優しいものであるように。 青峰は僅かに振り返る。黄瀬は、その不敵な口元を見た。 「ぜってー、奪い返す」 一言だけ残して、青峰は立ち去る。一瞬だけ、けれど確かに、黄瀬はその姿に以前の青峰を見た。純粋にバスケを楽しんでいた、あの頃の青峰だ。 安堵と喜びで口元が緩む。糸が解けるように膝から力が抜けた。 「…っと」 しかし黄瀬の体は床に落ちることはなく、力強い腕に捕らえられた。 「大丈夫か?」 心配そうに火神がこちらを覗き込む。 いつだってこの腕に支えられてきた。幾度となく救われてきた。彼がいなければ自分たちは、きっと未だに暗いところに閉じ籠ったままだった。 火神に出会えたことこそが、一番の奇跡だった。 「たくさんありがとう。火神っち」 「おう………」 頷いてから、火神ははたと動きを止めた。聞き流せない違和感があった。 「今、なんつった」 「ありがとう?」 「その後だ」 黄瀬は瞬いてから、ふわりと笑った。 「火神っち」 見慣れない手放しの笑みと聞き慣れない呼び名。思わず脱力した腕から、黄瀬はするりと抜け出した。 そのまま自チームのベンチへと駆けていく背を見つつ、火神は呟いた。 「…なんだそれ…」 「黒子っち!」 ベンチに着くなり、黄瀬は小さな体を抱き締めた。 「黄瀬くん…」 人前にも関わらず、黒子は抱き締め返してくれる。 「格好良かったです」 「うん」 勝利の喜びと恋人の温もりを堪能する、そんな幸せな時は長続きはしなかった。 「開花が怖くて練習では手を抜いていたってわけ?」 甘い空気を吹き飛ばす、極寒の声がした。 「わざと調子を崩してみせるとか、ずいぶんとなめたマネしてくれるじゃない」 恐る恐る振り向いた先には、閻魔のような相田がいた。震え上がった黄瀬は思わず腕に力を込めてしまい、黒子が痛いと悲鳴をあげる。 「…ま、お説教は明日にしてあげる」 怒りの矛先を下ろして相田は笑う。変わり身に呆ける黄瀬の背に、日向の平手が飛んだ。 「おら、いつまでもイチャついてんじゃねーよ」 相田も日向も他の誠凛メンバーたちも、次々にコートを後にする。その最後尾に、火神がいた。彼は振り返り、自分たちを呼ぶ。 「行くぞ」 黄瀬と黒子は顔を合わせて笑い合い、手を取って駆け出した。 光のもとへ。 fin 2013/11/21 戻る |