時々、泣きたくなる。
全然距離は縮まらないから。それなのに、不意に優しくするから。
報われない恋の苦しさを、吐き出したくなる。
一人になりたい桃井が選んだのは、旧校舎の屋上だった。誰にも知られないよう、心配をかけることがないよう、一人で痛みを消化するつもりだった。
それなのに、開いた扉の向こうには、青い空に映える黄色があった。
「桃っち」
振り返った黄瀬は、笑う。
「こんな所に、どうしたんスか」
きーちゃんこそ。
返そうと開いた唇は、どうしようもなく震えた。
―――駄目だ。
堪えようとすればするほど、感情は溢れ出る。
「桃っち?」
首を傾げる黄瀬が滲む。つい俯くと、結晶化した悲しみは地面に落ちた。
「…っごめ…」
口を押さえても、しゃくり上げる声は抑えられない。
「…大丈夫っスよ」
跳ねる背中に回された腕は、柔らかく桃井を包み込んだ。
「女の子を泣かせるのは、慣れてる」
「…イヤミね」
桃井は笑ったまま、また一滴涙を溢した。


時々、のタイミングは、何故だか黄瀬と重なった。泣きたくなるときはいつも、傍には彼がいた。
「きーちゃんはどうしてここにいるの?」
誰も来ないからこそ、自分は旧校舎を泣き場所に選んだのに。
「桃っちのハンカチになるため」
「…嘘つき」
桃井が拗ねれば、耳をつけた黄瀬の胸から直に笑い声が響いた。
黄瀬は優しい。何も聞かずに、桃井が抱えているものを流しきるまで待っていてくれる。
甘えているという自覚はある。けれど今は、ぬくもりにすがっていたかった。
―――テツくん…。
腕の中で別の人を思い浮かべるのは、ルール違反だろうか。


黒子が消えた。
最後の全中が終わるなり部活を辞めた彼は、誰の前にも姿を現さなくなった。
縮まりそうで縮まらない。けれど確かに繋がっていたはずの彼への道は、完全に断たれてしまった。二度と距離が近付くことはないのだ。
これは、絶対的な拒絶。
どんなに探しても見つからない。どんなに焦がれても会えない。
日に日に積もる寂しさは、あっという間にいっぱいになってしまった。
だから、救いを求めた。いつものように。


扉を開ければ向けられるはずの笑顔は、今日はなかった。
「…きーちゃん?」
フェンスを背に座り込んだ黄瀬は、伸ばした腕に顔を伏せたまま動かない。
「きーちゃん…」
近付いてそっと肩に触れた手は、僅かな震えを感じ取った。
―――ああ、そうか。
悲しいのは自分だけじゃない。苦しいのは自分だけじゃない。
涙が出るくらい黒子のことが好きなのは、自分だけじゃない。
桃井は黄瀬の隣に座り、肩に頭を寄せた。まぶたを下ろせば涙が頬を伝う。
今だけは自分のためじゃなくて、優しい彼のために、泣く。


fin 2013/3/5

戻る
×