割れんばかりの歓声。
重くのしかかる勝利の文字。
立ち尽くす黒子の背中。
―――悲しい夢を、みていた気がする。


遠い未来の夢


「…さつき?」
まじまじと青峰に覗き込まれ、桃井の口からはなりそこないの悲鳴が飛び出た。
「な、ななな何?」
「いや、お前が何だよ」
「珍しいっスね。ぼーっとするなんて」
大丈夫?とボールを持った黄瀬が首を傾げる。
「…だいじょう」
ぶ、は声にならなかった。
不意に視界がぶれる。見つめる青峰が、黄瀬が波打つ水面のように揺れ、その姿がダブる。
「っ…」
一体これは何なのか。
桃井は目元を手で覆った。
「おいおい、本当にどうしたんだよ」
指の隙間から薄く目を開く。心配そうな青峰の横に見える残像が、段々とリアルの実体を持つ。
桃井は見たままのものを、口にした。
「…12点」
「はあ?」
なんのこっちゃと眉間に皺を寄せる青峰のために言葉を足す。
「青峰くんの数学のテストの点数」
「ちょっ…青峰っち12点!12点て…っ!」
息も絶え絶えに爆笑する黄瀬のために、桃井は更に言葉を足した。
「きーちゃん11点」
声もなく、黄瀬は打ちひしがれる。
「やーい、バーカバーカ」
「いや、どっちもどっちだと思いますよ」
アホ二人の不毛な戦いに的確な突っ込みを入れ、黒子は桃井に向き合った。
「数学のテストはまだ返却されていませんよね?どうして点数が分かるんですか?」
「…なんでだろう…」
見えた、としか説明のしようがない。
あの残像の正体は、桃井にはまだ分からなかった。


11点と12点。仲良く並んだ二人分のテストを見て、黒子は唸った。
「…これは予知という奴ですかね」
「馬鹿馬鹿しい」
事情を聞いた緑間は、くだらないと一刀両断する。
「偶然に決まっているのだよ」
「明日のかに座は11位。ラッキーアイテムはハート柄の傘」
すらすらと告げる桃井を見て、緑間は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「…師匠と呼ばせてくれ」
「緑間っち、デレるの早すぎっス!」
黒子はアホ二人にテストを返しながら、桃井に尋ねた。
「すごいですね。なんでも見えるんですか?」
「なんでもじゃ、ない。見えるものは見えるって感じかな」
「なんでも見えたら便利だよな。対戦相手の情報とか、筒抜けってことだろ」
「え…」
青峰に言われて、気付く。もし本当に、好き勝手に未来を覗き見ることが出来るようになったのだとしたら。
それは、喜びになり得るのだろうか。


翌日の土曜日。帝光中では練習試合があった。
練習とはいえ帝光中に負けは許されない。誰もが万全の状態で、試合に挑んだ。
「―――以上が相手の情報です」
桃井もまた例外なく、集められるだけ集めた過去と未来の情報を、レギュラーメンバーに渡した。
「これは、例の『予知』で見た情報かい?」
資料を片手に赤司が問う。桃井は緩く首を振った。
「あれは、何でも見える訳じゃないから。これはただの予測、だよ」
赤司は一瞥だけ寄越し、そうか、とまた紙面に目を向けた。
追及されなかったことに少なからず安堵し、桃井は試合を見守るためにベンチに腰を下ろす。
本当はもう、ある程度なら能力を制御することが出来た。けれど、使う気にはなれなかった。
誰もが勝利のために日々汗を流している。この能力はきっと、そんな努力を無にしてしまう。
未来を見通すことが出来たのなら、勝利は約束されたも同然だ。絶対勝ってしまう。そんなバスケは。
―――何が楽しいんだよ。
「…!」
青峰の声が、聞こえた。
同時に景色が歪む。
コートの中のメンバーたちに残像が混じる。とっさに視線を下ろせば、書いていないはずのスコアが見える。
嫌だ。
見たくない。知りたくない。
やめてやめてやめて―――
「桃井さん?」
静かな声に横を向けば、隣に座った黒子がこちらを見ている。
「大丈夫ですか?」
その姿も、陽炎のように揺れる。ユニフォーム姿の黒子が見える。
コートに立ち尽くす後ろ姿。誰かを求めて上げられた、誰にも届かない、右手。
「…桃井さん?」
散々見せつけるだけ見せつけて、溶けるように幻は消える。それでも桃井は黒子の右手を握った。
ずっと、強く握っていた。


「えー、見えなくなっちまったのか」
試合の帰り道。桃井は並んで歩く青峰と黒子に、能力が消えたことを告げた。
「なんだ、テストのヤマとか教えてもらおうと思ってたのによ」
「いや、君は普通に勉強してください」
軽口を叩き合う二人の横に、もう残像は見えない。
何の前触れもなく生まれた能力は、また何の前触れもなく、消えた。
残念ではない。あれは、自分には過ぎた力だった。
「テツくん」
桃井は足を止めた。呼び掛けに振り返った黒子に、問う。
「バスケ、好き?」
黒子は柔らかく目を細めて、大事に大事に答えを口にした。
「…はい」
道の先で青峰が呼んでいる。桃井はもう少しだけ立ち止まったまま、走っていく黒子を見守った。その背中に、願う。
悲しい夢は、どうか夢であるように。


fin 2013/5/4

桃井だって能力開花しても良いと思った。
誕生日、おめでとう。

戻る

×