控え室のベンチに座った黒子を見て、黄瀬は小さく笑った。 無残な姿は、愛情の表れだ。感動の再会の果てに、黒子は部員たちに揉みくちゃにされた。 着替えを終えた黄瀬は、黒子の前で膝を折ると、乱れた髪を直した。応えるように小さな手が頬を包む。 「大丈夫」 穏やかな黒子の声が、歌うように優しく、諭す。目を伏せた黄瀬は、黒子と額を合わせた。 「黄瀬くんなら、できます」 「…うん」 まるで魔法のように、心が凪ぐ。至近距離で見つめ合うと、黒子は願いを吐いた。 「勝ってください」 「…うん」 ゆるやかに黒子の手が離れる。けれど、怖くはない。 もう必死にすがりつく必要はないのだ。手を離したって、寄り添う二人は離れない。 「行ってきます」 笑って黄瀬は告げる。 迷いはない。不安もない。 ―――君が望むならいつだって、奇跡は起こせる。 コートで向き合うと改めて実感する。 相容れないユニフォームの色。自分たちは、敵同士なのだと。 こちらに一瞥だけ寄越した青峰は、誠凛のベンチに目を遣った。 「テツを連れ戻したのか」 呟きは、蔑みの響きを持った。 「なんで分かんねぇんだよ」 再度向き合った青峰は、苛立ちのままに黄瀬を責める。 「あいつの傍にいる限り、お前はそれ以上強くはなれねぇ」 「…違うよ」 黄瀬は、断定を静かに退ける。 「分かっていないのは青峰っちの方だ」 剣呑な眼光を受けても尚、黄瀬は不敵に微笑んだ。 「青峰っちに無いもので、俺が勝つ」 燦然と突きつけられた宣戦布告に、青峰も口角を上げた。 「やってみろよ」 試合は桐皇の攻撃から始まる。すぐに青峰にボールが渡り、早速黄瀬との1on1が実現する。 キセキの世代同士の衝突に、会場が期待にざわついた。しかし当人たちの耳には、そんな雑音が入る余地はなかった。 張りつめた緊張感の中、青峰が視線を横に滑らせる。そして次の一瞬で音もなく、獣の素早さで黄瀬を抜きにかかった。 客席からですら見失うような速度に追い付けるものなどいない。誰しもの予想は、裏切られた。 黄瀬が青峰の前に立ち塞がる。読まれていたのかと驚くも、青峰はすぐさまシュートへと切り替える。しかし青峰の手からボールが離れると同時に地を蹴った黄瀬は、それすらも阻んでみせた。 「…なんだよ」 呟いた唇は、抑えきれない高揚を映して上を向く。 「こないだとは別人じゃねぇか」 なにがあったのかなんて知らないし興味もない。けれど、黄瀬はつまらないと見限るのは尚早だったようだ。 久しぶりに楽しめそうな予感にいきり立つ青峰に対し、黄瀬は奇妙なほどに静かだった。 青峰は訝しげに眉を寄せた。 「…黄瀬?」 黄瀬は目を伏せて深く息を吐く。そして再び金色と相見えたその瞬間。 二人の間から音が消える。時間が止まる。ゆっくりと黄瀬にボールが渡る。 彼の声だけが、はっきりと空気を震わせた。 「青峰っちの敗因は二つ。一つは黒子っちを手放したこと」 黄瀬との1on1なんて、数えきれないほどに繰り返してきた。でもこんな彼は、記憶に無い。 「もう一つは―――」 けれど知っている。この感覚には覚えがある。 生まれるように。壊れるように。才能に跪くかのように。 ―――世界が、変わる。 「試合前に、俺とバスケをしたこと」 黄瀬は体勢を下げると、左から右へと滑らかに重心を移動させ、青峰の脇を抜いた。脅威のチェンジオブペース。それは寸分違うことなく。 青峰の動きを、なぞった。 2013/6/24 戻る |