試合開始には間に合いそうもない。 それでも、時計を見上げる火神の気持ちに不安はなかった。 黄瀬は、きっと黒子を見つける。 根拠があるとしたら、自分は黄瀬が黒子をどれだけ大切に想っているかを知っている。それだけで、十分だった。 「青峰はまだつかまんねーのか!」 騒がしい敵方のベンチに目をやる。向こうは向こうで緊急事態のようだ。 「…青峰は来てないんすか?」 喧騒から一歩離れたところにいる男に尋ねる。男は、苦く笑って肩を竦めた。 「急にやる気なくしたとか言い出してな。でもまあ、試合には間に合うはずや」 ぽん、と軽く肩を叩かれる。 「…お手柔らかに、頼むわ」 食えない笑みを残して男が去ると、日向が火神に寄った。 「キセキの世代は遅刻魔ばかりか」 呆れ口調の日向に火神は僅かに笑う。 お互い、切り札は不在らしい。条件が同じなら、負けてはいられない。 黄瀬は必ず来る。だからまずは、自分が約束を守る。 両チームの実力は均衡していた。 特出した個人技で点をとる桐皇に対し、誠凛は火神を中心としたチームプレイで立ち向かう。 絶妙なバランスで釣り合った力量の天秤は、一人の投入で大きく傾くことになるだろう。 黄瀬か、青峰か。先にこの場に着くのはどちらになるかが、試合の明暗を分けることになる。 点差はつかず離れずのまま、第1Qが終わる。 変化があったのは、このまま第2Qも終わろうかという時だった。 「てめー、どこ行ってた!」 怒鳴り声に、面々は一様に桐皇のベンチを見る。そこには、どんな罵声も嘲笑一つで受け流す男の姿があった。 聞くまでもなく分かった。あれが、『青峰』だ。先に切り札を手に入れたのは桐皇だった。 「あー?」 残り時間2分で試合入りした青峰は、悠々と辺りを見回す。 「黄瀬は?いねぇの?」 「もうじき来る」 断言した火神を見遣った青峰は、口の端を上げた。 「お前が『火神』か」 剥き出しの獰猛さに、火神は僅かに怯む。 青峰は肩を震わせて笑った。 「せいぜい楽しませてくれよ」 試合が再開するなり青峰の手にボールが渡る。とほぼ同時に、青峰は火神を抜いた。 「…っ」 早い。決して気を抜いていたわけではないのに、火神は微動だに出来なかった。 すぐに追うも、なかなか距離は縮まらない。 シュートモーションに入った青峰に手を伸ばすが一瞬遅く、火神の指先はボールに掠っただけだった。 ゴールを潜ったボールを見て、火神は悔しさを滲ませる。 「…なんだ、良いじゃねぇか」 振り返った青峰は、喜色の笑みを見せた。 「今の黄瀬より、よっぽどマシだ」 攻守は交代し、誠凛のオフェンスとなる。今度は火神にボールが渡ると、青峰は微塵の隙もなく立ち塞がった。 「かかってこいよ」 一言でいうなら化け物だ。 ここ数ヶ月の火神の成長は目覚ましい。しかしそれが、かえって青峰に火をつけてしまったらしい。 攻撃は悉く止められ、防御は何の妨げにもならない。 青峰に一人に完全に圧倒された誠凛は、たった2分で10点もの失点を許してしまった。 「…正直、厳しいわね」 ハーフタイムに入り、控え室に戻った誠凛メンバーの空気は重かった。 青峰を止めない限り、打開策など無い。しかし、止められる可能性のある人は、今この場にはいなかった。 「でも諦めるなんて、言わないわよね?」 「まさか」 それでも誰一人、心は折れない。 逆点のチャンスは来る。黄瀬は、必ず来る。 揺らぐことのない約束は希望となり、闘志の支えとなった。 「よし、じゃあ行くよ!」 相田の号令に、メンバーは立ち上がる。少し遅れて部屋から出た火神の背に、待ち望んでいた声が届いた。 「火神!」 火神は後ろを向く。そこには、息を切らした相棒と、固く手を結んだマネージャーがいた。 2013/4/28 戻る |