見ないようにしていた真実を、抉り出された気がした。だから、否定することが出来なかった。
あの時、火神と共にバスケをやって良いのだと教えた時、黄瀬は拒否した。きっと、彼は気付いていた。
バスケをやらないと言った黄瀬に対して、自分が感じたことは失望ではなく、安堵だった。
彼のバスケが好きだった。彼は、傍にいてくれるから。他の皆のように才能を開花させて、遠くに行ったりはしないから。
なんて、身勝手な願いだろうか。
青峰は、正しい。自分は確かに枷だった。
―――だからもう、傍にはいられない。


予感はあった。それは、黒子が部活を休むようになった時から。
理由を問えないままに時間は過ぎて、最悪なタイミングで予感は現実になった。
「遅いわね…」
時計を睨む相田の表情は険しい。
「お前、何も聞いてねぇのか?」
火神の問いに黄瀬は首を振る。
試合へ向かおうとする誠凛バスケ部の中に、マネージャーの姿だけが欠けていた。
桐皇との対戦は数時間後に迫っている。これ以上待つ余裕は無い。
「仕方ない。とりあえず先に…」
相田の声は着信音で遮られる。発信相手の名前を確認した相田は血相を変えて電話に出る。
「黒子さん!今どこ…え?」
一つ、二つ、言葉を交わす度に相田の表情は固くなる。同調するように、黄瀬の鼓動は速度を増した。
通話を終えた相田は、端的に内容を伝える。
「黒子さんは…来ないわ」
部活、辞めるって。
言葉が頭に入るより先に、黄瀬は踵を返していた。
「待て!」
鋭い制止と共に日向に腕を掴まれる。
「どこに行く気だ!?試合があんだぞ!」
それが、なんだと言うのか。
試合より、バスケより、大事なものが消えようとしているというのに。
力づくで振りほどこうとした黄瀬を止めたのは、火神だった。驚きが、黄瀬から抵抗力を奪った。火神は黄瀬ではなく、日向の腕を掴んだのだ。
「試合には、間に合うのか?」
場違いなほどに真っ直ぐに見つめてくる双眸に、黄瀬は約束を返した。
「…必ず」
火神は茫然としている主将を見遣った。
「行かせてやってくんないすか」
「っおい、火神!」
当然の非難を、彼は一身に受け止める。
「どうせこんな状態のこいつを連れていったって戦力にはならねぇだろうし。黄瀬が戻るまでは、俺がなんとかしてみせるんで」
頼みます。なりふり構わず頭を下げる。
彼の必死さは、知り合った当初から変わらない。火神の情熱は、いつだって人の心を揺り動かすのだ。
「迷ってる時間すら勿体ないわね。…日向くん」
「……ああもう、わーったよ!」
日向が拘束を解く。
「行け!」
相田が仕方ないと、笑う。
「試合会場で待ってるから」
火神は、黄瀬の背中を押した。
「さっさとあの馬鹿、連れ戻して来い」
「…っ」
言葉にならない。
黄瀬は、精一杯の想いを溢した。
「…ありがとう」
今度こそ、遮るものもなく走り出す。
今すぐ黒子に伝えたかった。
バスケは、楽しい。このチームでバスケをやれることは、嬉しい。
一度全てを捨てた自分たちには、過ぎるほどの幸福なのだ。
皆、信じてくれる。待っていてくれる。すぐに迎えに行く。だから、どうか。
消えないで。


2013/4/18

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