「1on1、付き合え」 火神が誘えば、黄瀬は迷うことなく頷く。 口すらまともにきいてくれなかった当初が、嘘のようだと思った。 ゴールネットを潜ったボールが床に落ちる。後を追うように、火神も床に倒れた。 「…勝てねぇ…」 対戦相手を知らされてから、黄瀬の調子は戻ってきたようだった。まだ本調子ではないとはいえ、火神を地に臥せるくらいは雑作もない。 「…なあ」 火神は転がったまま、横で水を飲む黄瀬に声をかける。 「青峰ってのは強ぇのか?」 「…強いよ」 「お前より?」 問いを重ねると、黄瀬はふっと微笑んだ。自嘲の形に歪んだ唇が、名前を呼ぶ。火神。 「奇跡を、見たことがある?」 彼は突拍子もないことばかり言う。 黙ったままの火神に構わず、黄瀬は自らの答えを提示した。俺はある、と。 「4人分の奇跡を、この目で見てきたよ」 そして黄瀬は、キセキの世代について語る。 初めは皆、少し目立つ程度の選手だった。ある日突如として開花した才能が、彼らを天才へと変えた。それが、キセキと呼ばれる所以なのだ。けれど。 「俺だけ、開花しなかった」 はっと、火神は黄瀬を仰ぎ見る。遠くを見つめる黄瀬は、表情一つ変えることもしなかった。 「…だから、俺と他の4人は本当に、桁違いなんスよ」 「でも、諦めるつもりもないんだろ?」 黄瀬が振り向く。その瞳に絶望は、ない。 「…もちろん」 蔑みでない笑みが口元を彩り、消える。 「負けたくない。青峰っちにだけは、絶対に」 それは、かつて火神に向けられていたものだった。憎しみさえ感じさせるほどの、強い強い敵意。 「何かあったのか、お前ら」 激しい感情の源泉を尋ねれば、黄瀬は緩く首を振る。 「何もないよ。…俺は、ね」 確かに、黄瀬が自分のために怒るなんて考えられない。彼が怒るのはきっといつも、黒子のためなのだろう。 「…一番はじめに才能を開花させたのが、青峰っちだった」 祝福すべき進化は、喜び以外のものをもたらした。青峰は、変わってしまった。バスケを、仲間を、自分以外の全てを否定した。 それでもまだ彼氏彼女の間柄だった黒子は、青峰を止めようと必死だった。 「バスケは一人でやるものじゃない」 何度も何度も繰り返しては、何度も何度も否定される。二人の間に入った亀裂は徐々に大きくなり、青峰の一言で瓦解した。 ―――お前はもう、いらない。 「一番黒子っちを守らなきゃいけない人が、一番酷く黒子っちを傷付けた」 だから、許せない。 二人の選択は両極端だ。黒子を捨てて自分のバスケを取った青峰と、バスケを捨てて黒子の傍にいることを選んだ黄瀬。ならば二人が衝突するのは必然だった。そして、火神がどちらにつくかなんて、明確だった。 「バスケは一人でやるもんじゃないなんて、当然だろ」 勢いをつけて、上体を起こす。 「黒子は間違ってない。分からせてやろうぜ」 不敵に笑った火神は、拳を突き出した。 「俺と、お前で」 丸くなった琥珀色の瞳が、眩しいものを見るみたいに細まる。 「…うん」 確かな約束と共に、二人の拳は重なった。 2013/4/6 戻る |