「………」
「………」
え?なにこれ。
目線すらこちらに向けようとしない黄瀬に、バスケ部員たちは黒子のときとは違った意味で沈黙する。
どんどん重たくなる空気を壊したのは、新入りより一日早く入部したマネージャーだった。
「黄瀬くん」
静かな声に、過剰なほど黄瀬が震える。
「まだ、私の教育が必要ですか…?」
黒子はあくまでも無表情で淡々と告げる。でもだからこそ、妙な迫力があった。
「…黄瀬涼太、です」
怯えた顔のまま、よろしく、と黄瀬が頭を下げる。その首には確かに、黒子が握る手綱が見えた。


「ナイシュ!」
日向が背中を叩けば、黄瀬からは小さな笑みが返る。
初めはどうなることかと思ったが、元々は素直な性格らしい黄瀬も、すぐに部に馴染んだ。
キセキの世代の獲得に、相田は垂涎の思いだった。拾い物どころではない。埋蔵金発見レベルの歴史的快挙だ。
これからどう彼を活かすか。刻み込むように黄瀬のプレイを観察していた相田は、僅かな違和感を覚えた。
フォームは綺麗だし、バスケの完成度はさすがとしか言い様がない。
だけど、何かおかしい。
雲を掴むような思考は、不意に響いた怒号で掻き消えた。
「ふざけんな!」
声がした方を向けば、怒鳴りつける火神と冷ややかに言い返す黄瀬が見える。もう何度も目にした光景だ。部員たちに動揺は無い。
「相性が悪いのかしら…」
今後、誠凛バスケ部の中心になるのは間違いなくこの二人にだろう。相性、なんて言葉で片付ける訳にはいかない。
「仕方のない人ですね…」
どうしたものか頭を悩ませる相田の横に、いつの間にやら黒子が立っている。
驚きに声を失っている間に、彼女は揉め事の渦中へと飛び込んで行った。


「お前、なんでそんなに突っ掛かってくるんだよ」
「突っ掛かってなんかないっス」
ふん、と黄瀬がそっぽを向く。その態度が既に挑発だというのに。
溜まった鬱憤が第二波として火神の口から飛び出す寸前で、ガクリと黄瀬の膝が折れた。
「っ黒子、っち…」
容赦ない膝カックンで倒れ込んだ黄瀬が背後の黒子を仰ぎ見る。
小柄なはずの黒子が、やけに大きく見えた。
「気持ちが分からない訳ではないですが、火神くんに青峰くんを重ねるのは失礼ですよ」
図星、という顔で黄瀬が黙る。
「…ごめんなさい」
黒子は頷いて火神へと目を動かす。
促され、黄瀬は火神にも同じ言葉を告げた。
「ごめん」
誰この素直な子。
いっそ感動するほどの豹変ぶりだ。
偉業を称えようと横を向くも、神出鬼没なマネージャーはもうそこにはいなかった。
火神は、倒されたままに床に座る黄瀬へと目を遣った。
嫌われているのかと思っていたが、そうではないらしい。
「…青峰って、誰?」
「中学時代同じバスケ部で、キセキの世代のエースだった人」
黒子に棘を抜かれた黄瀬に、攻撃的な空気はなかった。彼は火神の問いに淡々と答え、淡々と付け足した。
「で、黒子っちの彼氏」
「…は?」
唖然とする火神を知ってか知らずでか、黄瀬は更に続ける。
「いや、元彼氏、かな。多分別れてるっぽいから」
過去形なのか、現在進行形なのか。火神にはそんなことよりも気になることがあった。
「お前ら…付き合ってんじゃねぇの…?」
火神を見上げた黄瀬は、薄く笑ってみせた。
「それは、光栄な勘違いっスね」
笑みを消した黄瀬は、目を伏せて独り言のような呟きを落とす。
「…黒子っちは、恋愛感情で一緒にいてくれているわけじゃないから…」
彼は、自分が吐いた言葉で傷付いたような顔をする。
どういうことか問うことは、出来なかった。


2013/3/29

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